事案第二十一号「途中式」(1)
十二月に入り、世界の色が褪せた。
しぶとく残っていた広葉樹の葉っぱも、全部地に落ちて、毎朝のみぞれによってぐずぐずとしている。
最後の悪あがきとでもいうように快速で飛ばしていた自転車が、その落ち葉を踏んで勢いよくスライディングしていく。まるでスケートのショートトラックのよう。
そんな、初冬の風物詩を見ながら、自分は落ち葉を踏まないように気をつけて歩く。
まだ水たまりが凍るような気温ではない。
だけど、ユリギノ女学院の正門前は、寒さに凍える学院生か、指定のトンビコートを着て暑そうにしている学院生の姿だらけ。
コートを着ていない人はマフラーと耳当てと手袋でなんとか防寒しているような有様。
きっとロングスカートに隠れているけれど、タイツも厚手のものを履いているんだろうな。
それもこれも、校則が良くないんだろう。
服飾規定が厳しいから、指定のコート以外を着用してこられないんだ。
でも、法の抜け穴っていうものは存在するらしい。
わたしは福飯先生お墨付きの、ストールを肩から掛けてきた。
フクイモモノさんからいただいた、広げるとバスタオルくらいあるものだ。
それをショールのように身体に巻いて歩くと、以外と暖かい。
ひそひそとささめくように「その手があったか」「でもOKなの?」なんて会話が耳に入ってくる。
別に校則違反をしているわけじゃない。指定以外のコートを着ているわけでもないんだし。
「あ、綾街か。おはよう」
「いっちゃーん!」
後ろから声を掛けてきたのは、一つ屋根の下で暮らす白瀬先パイとリリーバーグさんのペアだった。
「おはようございます。流石に寒いですね」
予想どおり、白瀬先パイはトンビコートを纏っている。大正ロマンっぽいもんね。
一方のリリーバーグさんは、なんとウィンドブレーカー。
「大丈夫なんですか、ウィンドブレーカーって?」
「みんな勘違いしていますネ。ルールでは、指定のコートが決まってるだけよ」
リリーバーグさんが言うのに重ねて、
「コート以外は書いてないんだから、責められるはずないって言い切っててね……」
たはは、と眉尻を下げて笑う白瀬先パイは、銀縁眼鏡の奥を細めて言う。
「それより、綾街。そのストールかわいいじゃん。どこで買ったの?」
あ、えへ、誉められた。
ぱっと広げて見せる。
小豆色と、千歳緑のタータンチェック――夏制服のスカートと同じ柄だ。
「夏スカートじゃないですよ」
「あ、違うんだ」
違うんだ、と遠巻きに聞こえてきた。
ひょっとして、スカートを肩から羽織る、なかなかユニークなひとだと思われて噂されていた?
「フクイモモノさんから戴いたんです。試作品なんですって」
「綾街の人脈ってすごいよね……ミスまちこつながり?」
「母つながり、です」
咳払いを交えながら、訂正する。
いや、訂正にはならないんだけど。ミスまちこが母なんだし。
ただこんな往来で、わたしの母がミスまちこだって気付かれてしまうようなことを言うのは、ちょっと困るんだ。
「白瀬先パイ、わたしは先パイのお口にチャックを縫い付けたくはありませんので、発言には注意してください」
「お、おん。わかった」
淀んだ返事の白瀬先パイを、リリーバーグさんは不思議そうに見る。
「シラーセ、どしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「いっちゃん! シラーセが隠し事してるよ」
「わたしと先パイの間では通じているから、いいんですよ」
リリーバーグさんが、にんまりとした。
「Shirase, Its-chan's saying some pretty embarrassing things, hey?《シラーセ、いっちゃんが結構恥ずかしいことを言ってるよ? ねえ?》」
「Ayamachi just blurts out embarrassing things with a straight face, you know.《綾街は平気で恥ずかしいことを言うから。》」
「Genau, but that's why you're totally into her, right?《でも、彼女のそういうところが好きなんでしょ?》」
「Obviously.《もちろん》
It's been love at first sight for me, after all.《なんたって、私の一目惚れだからね。》」
「And since you actually managed to win her over, that's heaps impressive!《それで、ちゃんと射止めたのはすごいね!》
But wait, she's asking us to help mediate, you know?《でも、いっちゃんは間を取り持てって言ってるよ?》」
「Well, I mean, we're not officially dating yet.《まあ、私たちは付き合ってるわけじゃないし。》」
「Why aren't you going out yet?《なんで付き合ってないの?》
Are you kidding me?《真面目に言ってる?》
That makes zero sense!《意味わかんない!》」
なにやらまくし立てるリリバーグさんと、白瀬先パイの冷静な応対。
初対面の時には聞き取れなかったのに、今はこうして、理解できるようになった。
リスニングが上達してるんだなあ。本当に、リリーバーグさんには感謝の気持ちが湧いてくる。
だから。
「あの。 I can understand you...《わたしも話は理解出来ているので……》 白瀬先パイ。Should I sew your mouth shut?《やっぱりお口を縫い付けましょうか?》」
わたしがそう口を挟むと、リリーバーグさんはがははと豪快に笑って、白瀬先パイは「えっ」と目を白黒させた。
「最初の頃は疎外感、って感じだったのに……私とイトコの会話に入ってこられるようになったなんて。おねーさん感激だわ」
「えっと、畳針がいいかな……」
「冗談! ね、余計なことを言ってないから!」
「ふふっ。冗談ですよ、安心してください。あ、もうお別れですよ。ね、リリーバーグさん、教室に行きましょう」
ええ~、とかわいらしい悲鳴を上げる白瀬先パイに手を振って、階段を上がる。
同じクラスのリリーバーグさんも同じように、白瀬先パイに両手を振ってから、駆け上がってきた。
一年生の教室は三階。
今日は、後期の中間考査の結果が発表される。
あまり勉強出来てなかったから、心配だな……。




