事案第二十号「値踏み」(3)
ユリギノさんのお社は、防風林としてしっかり機能するポプラ並木の一部に埋まるように建てられているから、少し見通しが悪い。
ただ、生徒玄関から正門までの間にあるので、人通りがないわけでもない。
そんなわけで、密談には向かないけど、人目を避けるならちょうどいいという、絶妙な立地にある。
ひゅう、と冷たい風が、葉を落としたポプラの隙間を掠めて鳴る。
厚手のブレザーを貫通するような北からの風に、ロングのプリーツスカートがはためく。
「それで、ご用とは?」
わたしを呼び出した、芝崎……ええと、ちゆさんだったかな。字は思い出せない。
ともかく、その芝崎さんは、高い上背に長い手足でいつもは迫力があるのに、なんだか、もじもじしている。
「……そのさ、謝りたくて」
「はあ。謝りたい、ですか。何を?」
「その……ツンケンしちゃって」
なるほど。
それは確かに言いづらいし、あからさまに不機嫌な対応をしているわたしに引いてもしかたがない。
わたしの落ち度もある。
「こちらこそ、ごめんなさい。虫の居所が悪くなっていました」
素直に頭を下げられた。
自分でも驚くほど素直だ。
顔を上げると、なぜだか泣きそうな顔でいる芝崎さん。
「ご用事はそれだけでは、ありませんよね? こんなところまで呼び出して」
問いかけに、芝崎さんは首を縦に振る。
「あのね、綾街さん。ずっと言いたかったことがあって」
「はあ。なんでしょう?」
すう、はあ、と大きく呼吸をする。
まるでこれから告白でもされるみたいな緊張感だ。
「はじめは、ちっちゃい子だなって思って」
おいおいいきなり喧嘩か? ――いや、落ち着こう。
「きっと身体が弱くて、発育も良くなくて、それで入学式からしばらく休んでたんだろうなって」
落ち着いて続きを聞くと、確かに春頃のわたしは、そんなふうに見られていたのかもしれない。
「実際は違いました?」
「うん。夏服になった頃から、すごくかっこよく見えた」
「格好良い、ですか」
「そうなの。その頃からじゃないかな、綾街さんのファンクラブが出来たの」
……そうなの?
「孤高の撫子って知ってる?」
「ええ。笹芽さんや、宇和さんから聞いたことがあります」
「そっか。そのふたりと仲いいもんね」
「そんなことありませんけど」
「え?」
「……ん? 何か?」
不思議そうに、狼のような瞳を丸くする芝崎さん。
「いや、だって、リリーバーグさんが来るまでは、あのふたりとは、話してたじゃない」
「話しかけられたから対応していただけですけど。芝崎さんも、わたしに話しかけてきましたよね? 同じです」
「……ええ、そうなの? あたし、避けられてると思ってあんまり話してなかったよ」
確かにあのふたりと比べたら頻度は少ないけど、その他二十五人と比べたら、芝崎さんは話をする方だったと思うけどな。
まあ、そう思われていたのなら、
「声が大きい人が、苦手なのかもしれません」
そういうことにでもしておこう。
「じゃあ、宇和は?」
「得意ではありませんよ」
「笹芽は?」
「嫌いじゃないです」
答え方を間違えたかもしれないから訂正をしておく。
「どちらも、確かにお話を振られたら、しますけど。宇和さんは声が大きいなと思うし、笹芽さんはウィスパーボイスだなと思います。そのくらいの差ですね」
「じゃあ、リリーバーグは?」
「距離感バグり女パートⅡですね」
「なにそれ。パートⅠがあるみたい」
あるんだけど、この人に教える必要はないか。
「本題はなんでしょうか」
会話をスパッと途切れさせる一言を、一石として置いておく。
「芝崎さんのことは、好きでも嫌いでもない、声が大きいクラスメートだと思っていました。宇和さんも声が大きくて、よく話しかけてくれる人。笹芽さんは宇和さんと一緒に話しかけにくる人。リリーバーグさんはパーソナルスペースが壊れてる。――まとめると、こうですけど。それが、わたしに聞きたいことでしょうか?」
うーん。
性格が悪いよなあ、と思う。
やっぱり入学式からこっち、友達ができなかったことが人付き合いの苦手さに直結している気がする。
中学生のときはもう少し、あまり話さない人とも付き合えていた気がするんだけどな。
「……その、あたしへの評価さ、変わらない?」
ぐっと何かを堪えるように、言ってきた。
「その、さ。綾街さんにとって、どうでも良さそうなふうに聞こえるから……ちょっと、大事にしたいとか、そんなふうに」
「なりませんね」
一瞬で芝崎さんの顔から血の気が引いた。
ああ、間違えたんだなあ、対応。
「そっか、そうだよね……でもさ、えっと」
「わたしと友達になりたいとか、そういうことを言いたいんでしょうか?」
助け船っていうわけでもなく、確認したかったのだけど。
芝崎さんにとっては、カンダタに垂らされた一筋の糸のようだったのかもしれない。
ぐっと掴んで、勢いよく引っ張るように「そうなの!」と叫んできた。声が大きいなあ。
ため息のひとつでも付きたい気持ちを堪える。
きっと我慢できなかったら、その青色の吐息が、芝崎さんの心に澱となって溜まってしまうだろうから。
「わたしの正直な気持ちをお話しますね。今の環境……入学式から一週間休んで、グループができるところから躓いたと思っています」
「う、うん。そう思うよ、あたしも」
「黙って聞いて」
「はい」
咳払いをひとつ。
風が吹いた。まるで、ユリギノさんが怒ってるみたいだ。
「その時点で、話しかけてくる人は、クラスにはいませんでした。女子校特有のなにがしか、というのは、入学直後からあるとは思えなかったので、扱いに困ったのかなと思っています。でも、不満はありません。クラスの外に居場所が出来たので」
「居場所……」
黙ってと言ったのに相づちを打つように反芻している。……ああ、これを指摘するのは本当に性格が悪いだろうな。
「学園祭も何事もなく終わって、夏休みも終わって、後期になって、そろそろ十二月という今です。そのタイミングで、友達になりたいですと言われて、警戒しないわけがないんですけど……本当に狙っているのは、別のことでは?」
図星だったのだろうか。
芝崎さんはぐうの音も出ないらしい。
「ぐう」
あ、出るんだ。
何やら煮え切らない。歯噛みしている。そんな感じの芝崎さんに、さすがにこちらも焦れてくる。
わたしは早く図書室に行って、いつもの場所をキープしたかったのに。
テスト前の時期だ。きっともう、埋まっちゃってる。
いや、まだ自習室が埋まって無くて、勉強といえば自習室っていうふうに、普段使わない勢を誘因してくれやしないだろうか。
……いつもなら、放課後になった瞬間図書室に行くから、気にしたことなんかなかった。
それはもう、ピンポンダッシュでもしているのかという勢いで言ってたんだから。
こんなところで足止めされているのは、とても、歯がゆいんだ。
「面倒なことはあまり好まないので、直接的に聞きますけど……わたしに、何が言いたいんですか?」
「う、えーと……」
「告白ですか?」
「そうなんだけど、うん」
……え?
「告白なんですかっ?」
「え? あ、うわッ!」
芝崎さんの顔から火の手が上がった。
どうしよう。予定外だった。
「そうなんだよっ。綾街さん……実は、最近すっごくいいなって思ってて……!」
「す、好きだから……悪態をついたと……?」
「言わないで! 恥ずかしい!」
なんと、まあ……。
言葉が出てこない。
切りつけるような風が吹き抜けて、ガサガサと落ち葉が舞い、視界の端に白い北狐が現れてコンと啼く。
まるで、さっさと返事しろと急かすように。
うるさいなあ。
「綾街さんって、ちっちゃくてかわいいし、背筋が伸びてて、撫子って言われてるのにすごく納得してたんだけど……リリーバーグと一緒にいると、黒と金みたいな組み合わせで! すっごくよくて! ねえ、ふたりって付き合ってるの?」
なんだか鼻息荒く詰め寄られる。
いけない、ユリギノさんのお社が背中に。いわゆる壁ドンじゃない? 全然ときめかないんだけど。
「落ち着いてください、芝崎さん。あなたは、わたしとリリーバーグさんが付き合っていたらうれしいんですか? 悲しいんですか?」
「どっちも! 推しふたりがイチャイチャしてるの眼福だし、でもあたしが間に入りたいし、どっちかだけでも独占したいッ!」
……んん? うーん。
「つまり……好きとか、そういう感情の吐露ではない、と」
「好きだよ。付き合えるなら付き合いたい」
「そういう言い方されて喜ぶ子って、いるんでしょうか」
あ、と芝崎さんはフリーズして、しおしおになった。
大仰な身振りはお芝居仕込みなんだろうなという感じで。
「あの、薄情なことを言うようですけど……無かったことにしますので、今までどおりでお願いします」
そう言い残して、わたしはお社から校舎に戻った。
まったく。同じ台詞でも、白瀬先パイと唇が触れあった直後とは、まったく心持ちが違うってものよ。
「……先パイ、会いたいな」
図書室に行けばいるんだろうけど。
でも、明確に今、貴女に会いたいです。
/◆◆◆
必死な乙女の神頼みは、極上の甘露ではあるが。
この女のは気に入らない。
そう断じてしまうのは、悪い女神か?
いや、違うだろう。
余は、綾街一香と、秋穂白瀬のカップリングを観測しているのだ。邪魔をするな……と言いたいところだが。
もう少し踊ってもらおうか。この娘には。
「こんなところでどうかしたのかな?」
「……あんたは?」
「わたくしは、神野マキナ。綾街一香さんの、お友達よ」
「綾街さんの……? 友達が、外のクラスに?」
「ふふ……上級生だけどね」
「聞いてたんですか、神野先輩」
「少しだけね。あまり興味が無かったから、途中からだけれども」
「……聞き耳立てて、どうしたいってんですか」
「簡単なことよ。ひとつ、アドバイスをしようと思って。ねえ、貴女。綾街一香さんとお付き合いしたいのでしょう? ――なら、もっと押すべきよ。押して押して、たまに引けばいいわ」
「……迷惑じゃないかな」
「学業や、彼女のやりたいことを邪魔しなければいいのではないかしら」
お節介をした神野マキナは、小豆色のロングスカートを翻し、そして、お社を見上げる。
「余計なことをしないほうが、いいのかしらね」
「さあな」
様子を見守っていた木滝常彦神が嘆息する。
晩秋の夕暮れが、ポプラ並木の影を伸ばしていった。




