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事案第二十号「値踏み」(2)

 お弁当のサンドイッチが半分しか食べられなくて、迎えた午後の授業。


 ALT室に移動しての、グループワークの時間だった。

 入室時にくじ引きをさせられて、座った席で何やら英語で討論せよという内容。


「いっちゃん、同じグループだね」

 リリーバーグさんが、Aと書かれた札を手に近づいてきた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 にこにことしているリリーバーグさんと裏腹に、先にAの席に座っていた人が、げ、という顔をした。

 芝崎さんだ。


「……綾街さんと、一緒かあ」

「何か?」

「いや、別に」


 特に話をしたこともない、というか、ちょっと前は普通に必要なことだけは言葉を交わすことができたけど、なんだか今日は、妙に突っかかってくる気がする。

 演劇部らしく、おなかの底から声を出すタイプだし、迫力のある美人顔だから、不機嫌さを向けられると、ちょっと怯んでしまう。


「ちゅーたん! そんな怖い顔、Noよ!」

 リリーバーグさんが間に入ると、芝崎さん――下の名前、ちゅーたん? は、一瞬うっと喉を鳴らした。

「そう呼ばないでって……」

「Cuteじゃない?」

「いや、いいんだけど」


 歯切れが悪い。

 ああ、そうか。

 納得した。本当にリリーバーグさんは罪作りだ。

 あちこちに禍根を振りまいているんじゃないかってくらい、嫉妬させるのが上手。


 仕方がないのかもしれない。

 プラチナブロンドのかわいらしい顔立ちの、人なつっこい性格の、留学生っていう属性。

 わたしが白瀬先パイにくっつくリリーバーグさんに対してどす黒い感情を抱いたのと同じようなことを、芝崎さんも抱いたのかもしれない。


「何よ、綾街さん。座ったら」

「はい。失礼します」

「座ると本当にちっちゃいわね」


 椅子に腰掛けた矢先、そんなことを言われる。

 やっぱりこの女、わたしに喧嘩を売っているんだろうか。


 背筋を伸ばして、じっと芝崎さんを見つめる。

「な、なによ」

 黒い、狼みたいな瞳。得物を狙うみたいな強さと、用心深さが滲んでるようだ。


「あ、まーた芝崎が綾街さんに絡んでる」

 視聴覚室の入り口から、宇和さんの大きな声が突き抜けてきた。

「なに、絡んでるって!」

 ぐるんと首を回して言い返す芝崎さんの声も負けていない。というか、演劇部に張り合える宇和さんが声デカ民族なのか。


「やめなよ、早月」

「いいや、やめないね。綾街さんと同じグループなのに文句言うなんて信じらんない!」

 間に割って入ろうとする笹芽さんの横をすり抜けて、宇和さんはA卓までやってきて、じっと見下ろす。

 芝崎さんも芝崎さんで、座ったまま大仰に見つめ返している。


 バチバチと火花が散っているようで、なんとも居心地が悪い。

 だから。


「いっちゃん……?」

 小声で様子を窺ってきたリリーバーグさんに、わたしも小声で返す。

「予習、大事ですよ」


 そう言って、教科書に視線を落とす。

 ただでさえ苦手なリスニングなんだから。余計なことに気を取られている暇はないんだ。テスト前なんだし。


「そのとおりだよね」

 対岸の火事とばかり、宇和さんと芝崎さんが小競り合いしているのは無視をして、教科書をめくる。


「"It is best to ignore noisy girls.《騒がしい子は無視に限ります》」


「Genau, absolutely.《ほんと、それな。》

 Today is the end of the test range, right?《今日はテスト範囲の最後だね。》」


「Tests are depressing.《テストは憂鬱です。》

 Because listening is my weak point.《リスニングが苦手だから。》」


「Achso, but I think you've improved a lot since I came to Japan.《だけど、わたくしが来日してから、とても上達したよ。》

 Is it thanks to me?《わたくしと話をしてるおかげかしら?》」


 相変わらずドイツ語混じりのオーストラリア英語でわかりにくいんだけど、たしかに、たまにこうして英語で話をできるようにはなってきた。

 慣れてきた、とでも言うのかもしれない。

 それは確かにリリーバーグさんのおかげだ。


「In fact, that might be so.《実際に、そうかもしれません。》

 Thank you, Lilyburg.《ありがとうございます、リリーバーグさん》」


「Echt?《えっ、どうしたの?》

 I didn't expect you to thank me so honestly.《貴女がそんなに素直にお礼を言うなんて、思ってもいなかった。》

 You know, I thought you hated me.《なんていうか、嫌われてると思ってたよ。》」


 リリーバーグさんはリリーバーグさんでストレートに言ってくる。

 肩を竦める仕草。プラチナブロンドの美少女がやると、とても絵になる。


「I won't deny that I found it hard to get along with you at first.《はじめは苦手でした。それは否定しません。》

 However, you are going to mediate between me and Shirase, and support us, aren't you?《けれども貴女は、わたしと白瀬先パイの間を取り持ってくれるのでしょう?》」

「Na klar!《もちろん!》

 Besides, studying local history too.《それと、郷土史の勉強も、ね。》

  My purpose is to learn about my ancestors' achievements, so helping you is killing two birds with one stone, oder?《わたくしの目的が、先祖の活躍を知ることだから。いっちゃんの応援をすると、一石二鳥なんだ》」


 お互い、利用し合う関係というわけだ。

 ふと、ぎゃあぎゃあうるさかった宇和さんと芝崎さんが、じっとこちらを見ているのに気が付いた。


「何か?」

「いや……お互い早口で何言ってるか、聞き取れなかったなって」

 芝崎さんがたじろいだように言う。


「そんなに早口でした、リリーバーグさん?」

「いっちゃんに合わせてゆっくり話してたよ」


 なんと。手加減をしてくれていたらしい。

 それなら、聞き取れてあたりまえなのかもしれない。


「ふふっ。優しいんですね、リリーバーグさん」

「いっちゃんが頑張ってるからだよ」


 にっこりと微笑む美少女の笑顔がまぶしいので、わたしはそれに答えられず、教科書に視線を落とす。

 ほどなくして、ALTの先生と一緒に、英語の教科担任が入室してきた。

 授業の時間だ。


「んー? なんだ、変な空気だなあ」

 教科担任がそんなことを言いながら、A卓をじっと見つめてきた。


 居住まいが悪そうにする芝崎さん。

 居心地の悪そうな子。

 あっけらかんとするリリーバーグさん。


 このひとたちとグループワークをするわけだから、なんだか面倒だなあ、なんて思ってしまった。


◆


 放課後、図書室に向かおうとするところ、芝崎さんに呼び止められた。


「あのさ。お社に来てくれない?」

「はあ……何のために?」


 問い返すと、芝崎さんは深いため息と共に頭をかいて、

「聞きたいことがあるんだけど」


 そんな、曖昧なことを言う。

 これ以上言いたくないんだろうなと思う。


「芝崎さんは、部活ではないんですか?」

「テスト前だから活動休止」

「そうですか。わたしは図書室に行こうと思っていたんですけど」

「できればその前で」

「わたしが、わたしの予定、というかやりたいことよりも、芝崎さんを優先しなければいけないことって、なんでしょう?」


 聞きながら、ちょっとトゲが出ちゃったなと思う。

 だってそうでしょう。昼休みに入った直後、なんだかわたしを後ろからチクッとしてきて、授業の時だってあんな態度。

 明日以降ならまだしも、今日のわたしが、芝崎さんに従う理由、ある?


 孤高の黒撫子だとか言ってわたしを遠巻きにひそひそやっている一員が、孤独に慣れたわたしを御せると思うなという話だ。


 強すぎた問いに、芝崎さんは二の句を継げずにいる。

 その程度の覚悟で声を掛けてきたのかと、ちょっとがっかりする。

 宇和さん笹芽さんコンビの次に、会話をする相手だと思っていただけに。がっかりする。


「はあ……わかりました。少しだけで良ければ」

「いやいやならいいよ」


 むっ。


「あ、う。ごめん。おねがい」


 わたしの顔を見てあからさまに引いていた。

 何か付いていた?


 まあ、いいけど。

 大した用事だったら、確かに困るのはわたしかもしれないし。付き合ってあげよう。


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