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事案第十九号「正誤判定」(1)

 自室のベッドの上で寝転がりながら、古佐さんから聞いた話を思い出していた。


「裏付けはできるわ。朝日の図書館に、種生家の帳面があるはずだから」


 古佐さんがそう締めくくったお話は、明治の頃の揺貴町の歴史そのものだった。


 種生蒔菜という女性がどうして神格化され、揺貴蒔菜比売とされたのか。その一端を、垣間見た気がする。


 そして、もうひとりのマキナ。

 お雇い外国人と呼ばれる、開拓のために政府が招いた知識層。ジョンソン・ジョーンズ博士の娘、マキナ・ジョーンズさん。

 彼女の名前は、どこかで見た記憶があった。


 どこだっただろう。

 記憶を手繰ろうとしても、糸口が見つからない。


 と、そんな折に。

 着信音。汎用のものではなくて、特別に設定した曲。

 見なくても誰からかわかるように。


『あ、綾街? 今大丈夫かな?』

 耳元でその声を聞くには、わたしの心臓が準備できていなかったみたいだ。


「こんばんは。大丈夫ですよ、……白瀬先パイ」


 口にするのが恥ずかしいな。

 同じ想いを共有しちゃった相手を、呼ぶのって。


『明日、日曜日だからさ。デートでもしない? さっき別れてから思い立っちゃって』

「ええ? デート、ですか?」

 どうしよう。

 口から心臓って本当に出るんだ。あ、出てない。本当に出てない?


『急にごめん。予定でもあった?』

「えっと、予定は、模試対策を午前中にやって、午後から図書館で調べ物をしようかと」


 露骨に残念そうな「そっか」が聞けた。


「……白瀬先パイ、今、どんな格好してますか?」

 ちょっと慰めてあげたい。

『え、っと。パジャマにしてるよれよれTシャツ』

「見てみたいな。白瀬先パイのラフな格好」


 息を飲む音が、電話越し、やけにクリアに聞こえた。

『み、見せるほどじゃないし……』

「リリーバーグさんには見せてるんですよね? ホストファミリーとして」

『いやまあ、イトコはそうだね、一緒に暮らしてりゃ見られるけど……綾街にはカッコいい先輩でいたいよ』


 なるほど。

 それなら、やりようはある。

「切りますね」


 返事を待たずに通話を終えて、すぐにカメラを起動。

 インカメラっていうのは初めて使う。難しい。

 なるべく可愛い角度を探して、一枚撮った。


 すぐメッセージ。


 一瞬で着信があった。けど、拒否。


 あきらめない白瀬先パイだ。今度はビデオ通話の着信。


 勝った。


『あやまちっ! せめて写ってる自分がどんなか、確認してから送って!』

 なにやら顔を真っ赤にして怒っているいや、照れてる?

 よれよれだっていうTシャツは可愛いのを着ているのにどうしたのかと思えば、


『ノーブラは許すけど、首回りが緩くて見えちゃってるよ! 綾街は身体が薄いんだから気を付けな!』


 ……あ。


「えっち」

 なんとか反撃の言葉をひねり出して、胸元を抱いて隠した。


◆


 翌朝。

 勉強道具とノートを持って、家を出た。

 秋が深まる気配は昨日同様だけど、今日のわたしに抜かりはない。


 ちゃんと長いブラウスに、膝まで隠れるスカートを合わせて、サイハイソックスで防御をしてきた。

 全部家にあったものだから、組み合わせがちゃんと人に見せられるものになっているかなんか知ったこっちゃない。


 十時ちょうどに朝日神社前のバス停を降りて、図書館に向かおうと、して。


 ふと、立ち止まった。

 なにか引っかかった。


 境内に足を踏み入れる。

 静謐。

 鳥居をくぐっただけなのに、外界から切り離されたみたいだ。


 がさ、と、茂みからの音。

 視線を向けると、白い北狐がこちらをじっと見つめていた。


「こんにちは」

 声をかけてみると、北狐はとっとこ歩いて、また振りかえってというのを四度、繰り返した。

 そしてわたしが動かないと見るや、あろうことか溜め息でもこぼしたみたいに大きく息を吐いた。


 失礼なやつ。

 ……などと思ったけど、朝日神社、正式名朝日稲荷においては、とてもえらい存在のはず。ぐっと堪えよう。


 また北狐が歩いては振り返りを始めた。

 どうやら、わたしを案内したいらしい。いや、狐を擬人化すべきかという疑問はあるし。図書館に行きたいんだけど。

 でも、無碍にはできないなって思っちゃったから。思惑があるのかわからないけど、乗ってみる。


 さてさて、連れてこられたのは、本殿とは違う、小さな社殿だ。

 夏祭りの日、白瀬先パイと、えっと、その、ここに来て思い出すと恥ずかしいな。ファーストキスのやり直した場所っていうのは。


 北狐がわたしの足元をくるりと一周して、ぴょんとハネて藪に消えていった。

 まるで用事が終わったとでも言うように。


 なんだったんだろう? 首を傾げてしまう。と、


「看板だ」

 思わず声を漏らした。

 今まで気が付かなかったそれは、古ぼけた木の板で出来ていて、文字がかすれて読みづらい。

 だけど、じっくり見ると文字が浮かび上がってくる。


 木滝常彦神と。


「これって、ジョーンズ博士から技術を教わったっていう、木滝さんのこと……?」

 それじゃあ、神になったのは、種生蒔菜だけじゃなかったってことだ。


「じゃあ、どうしてユリギノ女学院に、祀られなかったの……?」


 調べることが増えた。

 そしてまさかとは思うけど、口に出してみる。


「きたきつねひこのかみ。

 きたきつねひこ。

 きたきつね」


 藪をみる。

 コンと鳴き声が聞こえた気がした。


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