揺貴の蒔菜、ジョンのマキナ(4)
余の半身よ。
壮健であろうか。
そろそろ年が明ける。
二十世紀というものが来るらしいが、君がいなくなったことと比べて、何か違いがあろうか?
隙間風を、身を寄せ合ってやり過ごした日々が懐かしく感じる。
君がくれたリボンは、今も余をこの世につなぎ止めてくれている。
余が渡した組紐は使ってくれているだろうか?
気に入ってくれていたらうれしいのだが。
嗚呼、きっと君は、また揺貴の地を踏むことはないのだろう。
余の顔を見ることもないだろう。
マキナ、余の半身よ。
/◆◆◆
傷みが激しいその手紙を、皺の深い指先が静かに撫でた。
その手紙が安置されていたのは、揺貴女学校のお社。
かつて稲荷神が祀られていた祠の跡地に、種生守の手によって建立されたお社だという。
「ああ、蒔菜。わたくしはもう、七十のおばあちゃんよ。ええ、ええ。元気でやっていたわ」
老婆はそうつぶやき、吐息をひとつ、ついた。
時代は昭和に移り、ふたりの祖国は戦火を交えた。
そうして全てが終わった頃。
第二の故郷と思っていたこの地に、老婆は再び足を踏み入れたのだ。
色が褪せ、擦り切れそうなほどに痛んだ組紐で飾られたロザリオを手紙に重ね、そっと社殿の床に置かれる。
ユリギノ女学院の、開校式を前にして。
「貴女が学びたかったことが、ここではできるのかしらね」
奇跡的に戦火を免れたかつての女学校の校舎を生かして設立されるのだという。
新たな女学院が設立されると耳にし、多額の献金をした彼女が、開校式に招かれるのも当然といえば当然だったのであろう。
先ほどまで、理事長である木滝という人物と会っていた。
女学校の設立者である種生家はすでに絶え、しかし、その遺志を継いだかつての盟友の子孫だ。
「ねえ、蒔菜。わたくしはまだ、貴女を想ったままの乙女なのだけれど。わたくしが必死に祈れば、それは貴女にとっての極上の甘露となるのかしら? なんて、ふふっ。異教徒のわたくしじゃダメかしら?」
親しげに語りかける老婆に答えるように、ポプラ並木がざわわとざわめいた。
「あら。それが今の貴女の言葉なの? 女神様って、すごいのね」
にこりと微笑み、マキナ・ジョーンズは空を見上げる。
そして、しばらく瞳を閉じて――ふ、と息を吐いた。
『おばさん、どうかしたの?』
呼び書ける声に、目を開ける。
父ジョンソンが、揺貴屯田兵村を離れてしばらくしてから迎えた後妻の子――親子ほどに年が離れた異母弟だ。
『なんでもないわ』
『でも、なんだか寂しそうだ。この小屋はなんだい?』
『まあ、失礼な物言いね。これは祠、あるいはお社というのよ。日本の神様が祀られるところよ』
『Wow! Amazing!』
大ぶりな仕草が、実に米国人らしい。
思春期を日本の開拓地で過ごしたマキナとは、育ってきた環境が違う。
『さて。そろそろ行きましょうか』
『理事長が案内してくれるってさ』
『そう? じゃあ、お墓参りも出来るかしら』
『知り合いが多いと、大変そうだね』
知り合い。
知り合いかと、マキナは思いを馳せる。
木滝常彦もそうだし。
種生守に、梅、芽吹もそうだろう。
そして。
今まさに、女神として祀られた魂の半身も。
『ええ。忙しくなるわ!』
つとめて明るく言い放って、マキナは歩きだした。
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