事案第十八号「共同正犯」(4)
合同会社郷土資産活用研究所というのは、寒雁市北部に伝わる開拓の歴史や風俗を保護し、文化財を収集、活用するために設立された会社なんだとか。
共同代表を務める古左葉月さんは、ユリギノ女学院商業科の出身で、母とともにゴムの乱を率いた革命家らしい。
当時の縁が、かたや料理研究家として全国的に有名になり、かたや故郷の歴史の番人になったという今でも、脈々と繋がっているのだとか。
待ち合わせに指定されたのは、藍路駅近くの喫茶店。
寒雁三大ブリザードに数えられる町だけあって、タマネギ畑を吹き抜けてきた秋風は、強いし、匂う。
時間が迫ってるからと、急いで駅を出たのは失敗だったかもしれない。冷たい風、むき出しの素足。おなかが冷えてしまう。
「綾街、藍路ってあんまり来ないけどさ」
カンカン帽を抑える白瀬先パイは、周囲を見渡して頷きをひとつ。
「意外と、なんかあるんだね」
「ここの神社は寒雁市でもっとも古い開拓神社です。先パイが夏休みの課題された藍染もあるし、広大なタマネギ畑だってあります。今や住宅街になっている揺貴町よりは、あるものが多いですね」
ふわっとした会話に、プラチナブロンドが混ざり込む。
「シラーセのspeach読みました。この街のindigoが産まれた街だって」
リリーバーグさんは、異国の文化に興味があるからと、今回の件に同行したいと言い出した。
急に人数が増えても大丈夫なのかは不安があるけど、連絡先は母しか知らない相手だし、しかたがない。非礼は最初に謝ろう。
駅から少し歩くと、軟石造りの倉庫が数棟、視界に入ってきた。
そのうちのもっとも手前が、指定された喫茶店。
カフェ・インディゴストリート。
直訳したら、喫茶藍路だろうか。
古びた木造の扉を押し開けると、香ばしさをかき集めたようなコーヒーの香りが、最初に襲いかかってきた。
「いらっしゃい」
という、マスターからの渋味の声は三秒遅れて。
「まちこの紹介だね?」
ミスまちこと言えばわたしの母だけど、まちこ、というのがぴんとこない。
戸惑いを察したのか、マスターさんはうむ、とひとつ唸って、
「風香の娘だね?」
母の本名で言い直してくれた。
「娘の一香です。よろしくお願いします」
頭を下げ、二の句を継ごうとしたけれども、
「俺は場所を貸すだけ。待ち合わせはあっちだ」
指し示された向こう、母と同年代の落ち着きのある女性が手を振っていた。
「風香にそっくり!」
え、イヤだな。
じゃなくて。
「お待たせしてすみません、綾街一香です。よろしくお願いします」
「お友達も一緒なのね。風香から聞いてたから、畏まらなくていいわ」
女性は居住まいを正して、わたしたちの顔を順に見た。
「古佐葉月です。ユリギノ女学院商業科の卒業生よ。こんなにかわいらしい後輩がアタシを頼ってくれるの、嬉しいわね」
「古佐さん、お時間をありがとうございます。こちら、留学生のイトコがリリーバーグさんです。わたしの研究に興味があって、一緒に話を聞きたいのだそうです」
リリーバーグさんについてはそういうことにした。
「そして、秋穂白瀬さんです。英文科の先輩で、英語で残されている資料の翻訳をお手伝いしてもらってます」
「突然お邪魔しちゃって、すいません」
「いいのよ。アタシも賑やかな方が好きだし、この仕事は若い子に歴史を伝えていくことも、含まれてるから」
おおらかに、受け入れてくれてありがたい。
朗らかそうな人当たりに、緊張が解けていく。
「いつかちゃん、でいいわね。風香の子だし」
「えっと、まあ、はい」
「あのキャラだから、子どもとしては苦労が耐えないでしょう?」
「大っぴらにならないようにするのが大変です……」
力なくうなずくと、古佐さんはガハハと笑って、マスターさんの咳払いでばつの悪そうな顔を見せた。
「どうせ他にお客なんていないのにねえ……それで、風香からは郷土史の深堀りをしてるって聞いたけど、どこまで調べたのかしら?」
促されて、わたしはノートを一冊、テーブルに広げた。
夏休みの課題の元とした書き付けだ。
「すごい書き込みの量ね。字も丁寧に書いてて……本当に風香の子なのか、そのそっくりな顔がなかったら信じられないわ」
「じゃあ、赤の他人だったということで」
「ガハハ」
笑い方が豪快なのに、下品じゃないのは、不思議だ。
「……それで、まとめたのがこちらで、理事長先生からお蔵入りさせられたレポートです」
「あらあ、理事長ストップ? それならほとんど正解にたどり着いているわねえ」
その言い方だと、古佐さんも理事長にストップを掛けられた事例をご存知なのかもしれない。
「アタシの時代だと、みんな真面目に郷土史を調べていたわ。アタシ自身は跳ねっ返りだったから、フクイモモノの半生をレポートにしてやったわ」
「近年卒業した家政科出身のデザイナーを、どうやって理屈付けしたんですか?」
白瀬先パイが身を乗り出した。
こういう話題に食いつくんだって、ちょっと意外に思う。
「地元の英雄で家政科では神格化されてたんだし、この地域の歴史だろう! ……っていう喧嘩をして、ね」
「先生方と対立しちゃってるじゃないですか」
「そのおかげで、二年生ではゴムの乱で生徒を煽動して、髪紐の年速一センチメートルを撤廃させたのよ。それで、このエピソードを武器にして信金に就職したんだから」
何が将来に活きるのか、わかったものじゃなさそうだ。
白瀬先パイも「はえー」なんて間の抜けた声を上げながら、だけどリリーバーグさんに通訳をしてあげている。
「でもね、白瀬さん。貴女たちがユリギノさんを題材にレポートを書くのと、フクイモモノを題材に書くの、時代以外に何が違うのかしらね?」
問いを向けられた白瀬先パイは、たしかにとひとつ唸った。
「明治期に実在した少女と、昭和に活躍した少女。なんなら、フクイモモノのほうが、世界的に活躍している……」
「そうよ。もうちょっと後の時代になったら、ミスまちこだって題材になるわ」
視線をこちらに向けられる。
母、綾街風香としてじゃなく、芸名ミスまちことしてなら、わたしに累が及ぶことも無いだろうけど、後世に名前とレシピを残して良い料理研究家ではないと思う。
考えていることが顔に出てしまっていたか、古佐さんはまた豪快に笑った。
「まあ、冗談半分よ。風香が題材になるなら、資料は腐るほど残してあるけどね」
「きっと娘の立場としては呪物でしかない物でしょうから、お炊き上げに持って行くべきだとアドバイスしておきますね」
「アタシと風香の思い出なのに」
興味を引かれてはいけない!
「ユリギノの日の宣誓文も、理事長ストップが掛かったって言っても?」
……言葉に詰まった。
「急に、ぶっ込んできましたね」
わたしの代わりに、白瀬先パイが声を上げた。
「何が書いてあったと思う?」
挑発するように、古佐さんが問いを重ねる。
だけど、白瀬先パイには答えられない。まだ、共有していないことだから。
わたしが答えなくちゃいけない。
「マキナが、ふたり」
でも、答えたのは、リリーバーグさんだった。
「オジーチャンの日記で見た」
「ええと。リリーバーグ、さん、だったわね」
古佐さんはその名を噛み締めて、ああ、と得心したようだった。
「おじいさんは、ジョーンズ姓かしら」
「Ja.グランパです。パパからLilyburgになった」
「おじいさんのさらに先に、ジョンソンさんがいらっしゃる?」
「わかるの、どうして?」
リリーバーグさんの問いに、古佐さんは「それが仕事だもの」と嘯きつつ、居住まいを正した。
「ジョンソン・ジョーンズさんという方がいたらしいわ。開拓期のお雇いさんとして、揺貴町の開拓に携わった方ね」
「パパからは、そうきいてる」
「そう。揺貴蒔菜比売についてはどこまで知っているの?」
「ほとんどしってない」
では、と。
リリーバーグさん、白瀬先パイ、そしてわたしをゆっくりと見て。
「明治の開拓期に、揺貴町に起きたこと。あたしが知る限りを教えてあげるわ」
古佐さんが手を挙げると、マスターさんが苦笑とともにメニューを持ってきた。
「長くなるぞ、お嬢さん方。好きなものを飲むと良い。遠慮はいらない」
ありがたい申し出、ご配慮。
だけど、わたしは一度首を振ってしまった。
「その前に……お手洗いに行かせてください……」
駅からずっと、我慢していたんだ……。
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