事案第十八号「共同正犯」(3)
店内になだれ込んできた三人は、注文もせずにわたしと白瀬先パイを取り囲んだ。
「なんか甘々な匂いがすると思ったら、ココア? それともラブ?」
「品がないよ早月。ごめんね綾街さん、秋穂先輩」
「いっちゃんとなかよしでよかったね、シラーセ」
思い思いに攻め込んでくる。
たじたじになってる白瀬先パイは誰に助けを求めたらいいものかと、思案しているのかいないのか。
「ぐ」
と言葉を詰まらせたり、
「や、」
と言おうとして遮られたり。かしましい敵勢に押される姿は
「綾街ぃ」
「なんですか、虞美人」
時が止まった。
「いや、先パイがぐやぐや言うから。抜山蓋世だなあと」
時は動かない。
おかしい。誰もが知る名文ではないのか。
「あの、綾街さん」
遠慮がちに手を上げて、笹芽さんが声を上げた。
時が動き出したかのようだ。
「虞や、って言ってるのは、覇王では?」
「…………あっ」
◆
宇和さんと笹芽さんは、これからデートだったらしく、いそいそと店を出て行った。
それじゃあリリーバーグさんは? というと、
「Ach, I saw Shirase sneeking out of the house this morning. So I sneaked out too, and followed them. Sure enough, something bloody interesting was going on, so I was just having a stickybeak. Sorry, mate."」
「え、なんて?」
やっぱりよく聞き取れない。
早口なのもあるし、語彙が足りないんだと思う。
困ったなと思ってると、白瀬先パイはそっと吐息して、「えっとね」と通訳をしてくれた。
「私が朝出て行くのを見かけたから、追いかけたって。
OK,Itoko.You should've just had a word with me sooner. My other half is having a proper wobble over you. I seriously need to lodge a formal complaint about this.」
流暢な英語で話しかけている。
その内容は、ええっと、声をかけないで怒ってる?
「Ach, come on. If I'd told you I was trailing along, you wouldn't have been able to spend time properly with your special someone, would you? Thanks to me, you two were stuck together chatting like a proper couple until just now, so you should be thanking me, mate.
Itsuka! My English is proper rough, full of German bits, and my choice of words is completely useless for your exams, so you'd better not pay too much attention to me, mate.」
なるほど。
リリーバーグさんが言いたいことを、半分も理解できない。
だけど、ふたりの会話を聞いて、わかったことがある。
白瀬先パイの英語は、きっと英国風か米国風で、リリーバーグさんは母国語である豪州風、あるいはネイティブらしく、方言みたいにちょっとクセが強い何かが混ざってるんだろう。
白瀬先パイの発音の方が、耳なじみが良いから。
わたしでも訳しやすい。
それにしても、リリーバーグさんが近くにいるせいか、リスニングが出来てきているような気がする。
リリーバーグさん的には、日本語を学びたくてホームステイしているんだろうけど、残念ここは地方都市。上方の綺麗な日本語だとか、標準語に近い地域ではない。
だからあえて。
「すったらこといってねで、ふたりども日本語さしゃべればいいべさ」
「綾街、ご両親の田舎って浜なの?」
白瀬先パイが面白いものを見た! とばかりに食いついてきた。
先ほどまで流暢にリリーバーグさんと話していたのに、首の回転がドリルみたい。
「父は浜言葉の村、母は炭鉱町ですね」
「イントネーションに癖があると思ってたけど、そんなにしっかり訛って話せるレベルだったんだ」
わたしって訛ってたの
「ふふっ。リリーバーグさんと同じかもですね」
そう言うと、リリーバーグさんは細い首をこてんと傾けた。
さすが白百合さま。その仕草ひとつひとつが、可憐だ。
「リリーバーグさんも、オーストラリア以外が混ざった話し方をされていますよね」
「綾街、そこまでわかってるの?」
首を振る。
「正直、おふたりの口調が早すぎて、半分も聞き取れてません。リスニングは本当に苦手です。だけど、なんとなくリリーバーグさんの発音が固くて、ドイツっぽいなっておもったけですよ」
「わお! いっちゃん! いまのは、nativeな日本語ね!?」
「んだ」
「WOW!!」
カフェの中で騒ぐなと思うけど、リリーバーグには方言というものは刺激的なのかもしれない。んだ、っていうのがどこの方言かは知らないけれど。
「それで、白瀬先パイ、リリーバーグさん。この後はどうされる予定ですか? リリーバーグさんは尾行の目的を果たしたようですけど、白瀬先パイは?」
わたしの質問に、リリーバーグさんがまずきょとんとして白瀬先パイへと耳打ち。
「Ach, did I mishear? To me, it sounded like you two were planning to go your separate ways after this.」
耳打ちだけど聞こえてる。ただ、なんて言ってるかはわからない。
「You didn't mishear. I was quite taken aback myself, but it seems she has no intention of going on a date with me.」
「Shirase, you have a proper obligation to stop her and kiss her, even if you have to force it. You're in enough trouble as it is, mate.」
「Good grief, I'm at a bit of a loss here.」
なにやらまじめな顔で議論が始まった。
ほとんど付いていけないわたしは、ぬるくなったココアを飲み干して、時間を確認する。
約束の時間まであと三十分だった。
「あのごめんなさい。わたしの用事は終わったので、先に失礼しようかと」
「待って、綾街」
慌てたように、白瀬先パイが立ち上がった。
「用事でもあるの?」
「え、はい。郷土資産活用研究所という会社の代表さんが、お時間をくれるということなので」
あ、いけない。
「先パイにはちゃんと話しておかなきゃですね。藍路駅で待ち合わせなので、遠いですけど、来ますか?」
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