事案第十八号「共同正犯」(1)
『ヤッホーー! 一香元気にしてる? ちゃんと食べてるわよね母さんの子なんだもん三食おろそかにしてる訳ないわいね』
「お昼はサンドイッチにしてるよ」
『いろいろ挟めて便利よねそうそうカレー粉とヨーグルトで鶏肉焼いてタンドリーチキンみたいにしたのとシルバーサラダ挟んでも美味しいのよシルバーサラダ知ってる?』
通話がつながった瞬間のマシンガントークに、ついつい笑ってしまう。
相手はミスまちここと、綾町風香。
母だ。
前回、帰って来てからいちども連絡を寄越さない娘不幸を突いてみたら、あっさりとビデオ通話が実現してしまった。
何話そう、なんて準備をする必要は一ミリもなくて、テレビに出ている料理研究家としての顔そのまま。
前髪にカーラーを巻いたままなのは、娘相手に気取らないってことなんだろうけど。
『一香あんたちゃんと髪乾かしたの? 長いんだからちゃんとケアしないとすぐぺたっとしてダサくなるんだからミストとオイルとドライヤーの使い方ちゃんとわかるでしょ?』
「大丈夫だよ、母さん。あら熱取ってから、オイルでしょう?」
『そうなのそうなのちゃんと覚えてるじゃないの』
「ねえ!」
このままだと母さんが気になることばかり聞かれて答えて、というループで終わりそうだったから、ついつい大きな声が出てしまった。
連絡をしたかった理由。それは、
「母さんって、高校生のころ、どんな生活態度だったの?」
聞き方を間違えたかもしれない。
けれども、少し考えてくれている。
『私生活? 性生活?』
「娘に何言ってるの」
『まあー失敬ね! 母さんこうみえてモテモテだったんだから大変だったのよユリギノさんの宣誓もしたし生徒会副会長にだってならされたしゴムの乱の首謀者って容疑もあったんだから』
「ゴムの乱って母さんの時代のエピソードだったんだ」
『失敬よねえ処女の連中に向かって』
「もうちょっと言葉を選んでもらえないかな。こっちは思春期の娘なんだから」
『高校生なら一発や二発くらいやってても不思議じゃないわよ』
「娘との距離感がバグだらけだー!」
話にならない!
『性生活は清いもんだったわよ母さんが誰かとふたりきりになるとすぐ噂になるし相手に迷惑がかかるんだものそれに母さんは当時から父さんと知り合ってて父さんを落とそうとしてたんだしそんな暇じゃなかったのよ』
「両親の馴れ初めは聞きたくないって言うか」
『ああでも不思議な先輩がいてあんたもやったでしょ郷土史の課題あれをやたら掘り下げるように言ってきてうるさいから黙らせてやったんだけどなんていったかなもう忘れちゃったわウフフフフ』
どうやら母さんにも、神野先輩みたいな人がいたんだろう。
自分が調べたことを引き継がせたいのかな? 受験で忙しくなるんだろうし。
「だったら、研究成果をくれたっていいのにね」
『血は争えんってことかしらねどうせふたりのマキナで引っかかってるんでしょ』
「待って、何それ」
『女神様の話よマキナってのがふたりいて』
ユリギノさんこと、揺貴蒔菜比売。実在の人物、種生蒔菜さんが神格化された女神様。
それと、もうひとり……ってこと?
「ロザリオ……?」
『懐かしいキーワードねえ一年生の秋でそこまで調べたのさすが特進コースねえ家政科は実習が多いから調べる時間少なかったのよね』
ふたりのマキナ。
ふたつの桐箱。
『なに一香そのあたりに引っかかるんだったらいい子が居るから紹介してあげるわよ同期生で商業科の出身なんだけど郷土資料の怪しい会社やってて暇してるから』
「うん、機会があったらね」
『あんた悠長なこと言ってたらあっという間にチャンスが逃げていくんだから』
「それはそうかも知れないけど、急いでることではないし」
『人との巡り合わせなんて掴めるうちに掴まないといけないのよそのおかげで父さんひっつかまえて既成事実作ったらあんたが産まれたんだし母さんこんな忙しくなるほど仕事に恵まれたんだから』
前半は聞かなかったことにしておこう。
「でも、わたしは安定した日々を送りたいのであって、お金があっても忙しいのはイヤかな」
『冒険するくらいじゃないと安定してるかわからないじゃない! チャンスの神様は辮髪じゃないのよ!』
ユリギノさんはチャンスの女神なのかな。フロンティアスピリッツって意味では、チャンスを掴む側だったのかもしれないけど、若くして風土病に倒れて、奉られた……。
「まあ、掴めそうだったら掴んでおくね」
『そうよだから今回の件に限らず話ができてない人とは無理矢理首根っこひっつかんででもテーブルに付かせなさい』
「強引だねえ」
『そうしてチャンスを掴んで母さんがここにいるって言うのを思い出させたのは』
一息。
『一香。あなたよ』
わたしが何をしたって言うんだろうか。
そう思い、そうして思い至った。
「そっか。話せばわかるんだ」
じゃあさっそく、話をしよう。
◆
土曜日の午前、朝日駅。
総合スーパー横のカフェは人が多く出入りしている。
長袖。
薄手の羽織り。
あるいは、キャミソール。
山並みの紅葉と似た色合いが、まだら模様に人里へ降りてきて、人々の風合いに落とし込まれている。
それにしたって、キャミソールで歩くのは寒すぎるんじゃないかと他人事ながら心配しながら、わたしはわたしで、夏に使っていたショートパンツで来てしまったことを後悔している。
黒い立て襟のブラウスはカフェの店員さん風でかわいくて買ったばかり。合わせるスカートもパンツもわからなくて、ままよと履いてきた。
久しぶりにコテを使って巻いた髪。きっと大人っぽくて、かわいいはず。
けど。寒い。
ホットココアとかいう女神の飲み物を手に、なるべく風を受けない奥の席に座る。ふたりが並んで座れる、窓際の席だ。
待ち合わせ。
テーブルに文庫本とココア。
ゆったりとした喧騒と、ピアノのBGM。
窓越しに見える、右脚に当たる陽光。
熱を帯びた吐息。舌が痛い。
妖精王の薬を瞼に塗られた女王が、ロバを見初める喜劇。読み辛い文章は関係無く、引き込まれそうになる。
こらえて、顔を上げる。
窓越しに、書生風のカンカン帽。
アンダーリムの眼鏡を掛けた、待望のひとが、きょろききょろとしていた。
白瀬先パイだっ。
窓ガラスに、緩く握った拳をぶつける。
こん。
その音が向こうに響いたのかはわからない。
だけど、
パッと花咲くように、白瀬先パイの笑顔。
そして窓際まで走ってきて、手のひらを付ける。
わたしの手を握るみたいに。
入ってきたらいいのに。
そう、口唇だけで話し掛ける。と、白瀬先パイの口唇もまた、今行くよ、と。
名残惜しい指先が、ガラスにひっついたみたいに離れない。
それは、わたしの指先が冷たく感じるせいだけなんだろうか。
ガラスから指が離れたころには、白瀬先パイはとうにいない。
熱いマグカップを手のひらで包んで、ゆっくり口唇を近付けた。
熱、甘み。
あのお祭りの日の先パイとは違う、陶器の硬さ。
「お待たせ、待った?」
カンカン帽を脱いで、乱れたウルフカットを整えながら、白瀬先パイは現れた。
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