事案第十三号 制服着用規定(3)
「それで全体的に俯瞰して何があったんだい?」
宇和さんと神野先輩はどこかに消えて行き、笹芽さんはわたしと、なぜか白瀬先パイまで同席のうえ、事情を聞いていた。
いつものバス停。
だけどいつものバスは発車してしまい、次に来るのは北二十条駅行き。
「どうして白瀬先パイが」
「綾街がある意味当事者だから。肩入れしないようにね」
いったい、いつからどこまで見ていたのかはわからないけど、白瀬先パイはしっかりと最後まで見届けるつもりのようだった。
「諍いになったきっかけは?」
しかし、笹芽さんは口を開こうとしない。
「よく知らない上級生に問い詰められても怖いよね」
「いえ、綾街さんと一緒にいる先輩ですよね」
「やっと話してくれた。私は秋穂白瀬。君は?」
「笹芽紀子です」
わたしにはしてくれなかった自己紹介を、あっさりと。
「ささめき。なるほど英語で言うとwisperかな」
bamboo sproutじゃないのか。タケノコになってしまうから音だけを取ったのか。
「ちなみに私は、please tell me a romance」
また言ってる。
「先輩っておもしろい人ですね」
参った顔をしていた笹芽さんの表情がいくらか和らいでいる。
効果があるとは思わなかった。
「それで、タケノコちゃんは何をしちゃったのかな?」
タケノ、笹芽さんは、何のことやらと困っている。
「先パイ」
短く呼ぶと、白瀬先パイはけらけら笑って話を流した。
「で、気分は落ち着いたかな?」
「ありがとうございます。よく知らない下級生のために、なんだかすまないです」
「いいってことさ。綾街のクラスの子でしょ? クラスメートが拗れると、やりにくいからね」
その物言いは、笹芽さんと宇和さんのためではないと宣言しているみたいで、気恥ずかしい気もする。
わたしと先パイは、何なのだろう?
「きっかけは、きっと私が悪いんです」
重々しく口を開いたところで、バスが到着した。
誰からともなく乗り込んで、笹芽さんは前の一人掛けに座り、先パイはその隣に立って吊革を掴んだ。わたしは左側に。
「早月に、リボンを渡したんです」
その言葉で瞬時によぎったのは、フクイモモノの講演内容だった。
ユリギノ女学院の校則に書き込まれている、髪ひもの長さ。結わえて三センチとするという、具体的に見えてそうじゃない規定。
けれどもその長さは時代と共に徐々に長くなり、あまり長くなると今度は華美であるとされて締め付けが入りという、生徒たちと校則の攻防戦。
それを、フクイモモノとミスまちこは「年速一センチメートル」と呼んでいた。
平成中期の制服リニューアルによって、縛ったリボンが垂れる長さが三センチまで、と解釈が統一されたらしい。
「でも早月は……私が綾街さんとふたりで話してたから、そんな誓いのリボンなんて、みたいに言ってきて……かーっとなっちゃって」
リボンは、昭和の時代に校則が不純異性交遊を禁じる中、婚約者が居る証として広まった。
転じて、特定のパートナーがいることを誇示するアイコンとなって。今の時代にも、笹芽さんのようにある種の誓いの証として、贈りあう伝統が残っているもの。
つまり。
「わたしを出汁にした痴話喧嘩?」
「こら、綾街。はっきり言わない」
白瀬先パイに窘められても、もう遅い。
笹芽さんがわたしのことを、なにやら恐ろしいものでも見たかのように、仰け反っていた。
「だって、そうじゃないですか。わたし、無関係ですよ。なのに宇和さんに敵視されかけてる」
「包みなよ、オブラートに」
先パイが言うから、包んでみよう。
十枚くらい重ねて出てくる表現は、
「しゃらくせぇ」
「綾街?」
白瀬先パイが慌てる。
「話をしてください。徹底的に、当事者間で、気が済むまで。わたしにそのコストとヘイトを押しつけないでください」
「綾街、ちょいストップ。オブラートに包むって言う慣用句は優しく言えっていう意味であって、言葉をナイフにしてってことじゃないんだ」
「わかってますよ、先パイ。だから、優しく言い換えてます」
「じゃあ、どこまで怒ってるんだ……」
先パイは慄き、笹芽さんは涙目。
けれども、これでかなり優しく言ってる。中学生のころに礼ちゃんと喧嘩になったときは全敗だったけど、それはフィジカルで逆転されてたから。
レフェリー役をやらされていた里奈ちゃんからは、優しく言えて偉いと称賛された。そんなわたしの言葉選びが、ナイフですって?
「先パイはきっと、口喧嘩の経験が少ないのですね」
「喧嘩する場面じゃないって言ってるんだよ」
「それもそうですけど、わたし不在で喧嘩していた人に対して自分の主張を」
「ストップ、ストップ綾街。ほら笹芽さん泣いちゃったじゃん」
確かに、笹芽さんは顔を覆いすんすんと肩を揺らしている。
だからわたしは、ひどく気の毒になってしまい、
「泣いて済むなら裁判官はいらないんですよ、笹芽さん」
「ストップ綾街、人の心を忘れてきたか」
まったく、心外である。
◆
バスターミナルは帰宅ラッシュで人が多く、いろんな制服が、スーツが、ゆるふわお姉さまが、足早に通り過ぎていく。
そんな中、ポプラのベンチに座ってハンカチを目頭に押さえている子と、取り囲むように立つふたりの光景は、人目を引くのだろう。
それが、寒雁市有数のお嬢様学校の制服をまとう三人組となれば、なおのこと。
白瀬先パイから言い過ぎだと窘められたわたしは、面白くないと思いつつも、最期まで見届ける責任があると思って留まっている。
一方で、元凶の片割れである笹芽さんは、泣きはらして腫れぼったいながら、瞳を潤ませながら、それでも晴れ晴れした表情。
「綾街さんがはっきり言ってくれて、目が覚めた気分です。私たちは綾街さん推しっていう共通項があるけど、確かにその前から友達だったし。入学式で話してからずっと、早月が一番かわいいって思ってたのも事実です。それを真摯に伝えます」
犬も食わない痴話喧嘩になって欲しいと思う。
「さっそく、電話でもしたらどうですか」
「そうだね。綾街さん、こんなところまでありがとう。秋穂先輩も、お付き合いありがとうございます」
「私は構わないよ。何か相談があれば、放課後に図書室にでもおいでよ。綾街と待ってるから」
「わたしもですか」
「乗りかかった船だろう。毒を食らわば皿まで」
とんでもない毒を盛られてしまったようだけど、仕方がない。
「宇和さんとふたりで来られるなら、良いんじゃないですか」
最大限の譲歩に笹芽さんは
「最大限がんばって、おふたりに報告に行けるようになります!」
力強く宣言して、駆けていった。
バスターミナルに残されたわたしたち。
地下鉄で朝日駅まで行って、JRに乗り換えて……と算段を考えているところに、遠慮がちに先パイがいう。
「ねえ綾街。さっきは言い過ぎてごめん」
ピンク掛かったレンズの向こうが、少し揺れていた。
なにか叱られている子どもみたいで可愛いなと思いつつ。
「こちらこそ、止めてくれてありがとうございます」
素直にそこは、頭を下げる。
高校生のクラスメートとの距離感は、未だに掴めない。先パイがいてくれたから、危ういところで踏みとどまれたかもしれない。
「感情が出過ぎちゃいました」
「マジで私もびっくりしてたよ。綾街がまさかバーサーカーだなんて」
「え、なんですかその評価? バーバリアン?」
「バーサーカーだよ。狂戦士」
「ええー。……なんかハンバーガーが食べたくなってきました」
「連想ゲームしてるんじゃないよ。あ。うち来る? まだ夕飯の準備間に合うから」
「そんな、ご迷惑では」
「姉ちゃんも会いたがってるし。帰りに送らせるから。ね?」
「どうしよっかなー。狂戦士なんて言われたらなー」
どちらかともなく、歩き出す。
その方向は、白瀬先パイおうちの方へ。
地下鉄の出入り口から強く吹く風が、背中を押すように。
/◆◆◆
小豆色と千歳緑のチェック柄を揺らして、斜陽の中を歩いていくふたり。
その背を見送りながら、女神は歯噛みする。
「とんでもないイレギュラーに巻き込まれてしまったわ」
周囲の風雨に曝されながら、それでも自分たちの時間を紡いでいくふたりには、敬意を表するのが礼儀だろうと、鎮守の森の女神、揺貴蒔菜比売は思うが。
風を遮るは、心身を守ることに通ずる。
「ふむ。なんと報告書を認めたらよいやら」
ひとりごちた女神は、小豆色のロングスカートを翻し、夕闇に雑踏へと消えていった。
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