事案第十二号「客観性」(1)
堅苦しいことを言うと、特待生というのは学院の顔であり看板であり、品行方正に生きていくことを義務づけられた生き物だ。
中学時代の内申点が高く、学校推薦であること。
推薦入試で課される筆記試験で、一定以上の得点があること。
面接試験で特待生として認められる人格であること。
他の私立高校との併願ではないこと。
普通科の場合、特進コースへの出願であること。
これが、入試の時に求められる条件。
わたしがユリギノ女学院が志望校だと知った中学の担任は、特待生として推薦すると言ってきた。
見事、その条件を勝ち取ったわけなんだけど。
入学してからが本番だった。
学院の顔であるから、なんてことで。
定期考査の順位が学科内で上位五パーセント以内、または学院が指定する全国模試で、普通科の場合は偏差値六十を超えていること。
加えて、顕著な功績が認められること。
顕著ってなに? というのは。
例えば全道大会で入賞するだとか、学院側が指定する資格試験に合格するとか、学外でなんらかの賞を受賞するとか。
夏休みに課された郷土史の課題は、部活に入っていなくて、個人的に習い事をしているわけでもない生徒への救済措置みたいな一面があったらしい。
――と、副担任の福飯先生が言っていた。
「綾街さんの場合は、ご家庭の事情があるから、ここで校内表彰されていると、有利だったんだけどね」
放課後の面談室。
南向きの大きな窓は、九月の陰らない陽射しで蒸し暑くなっていて、話の重さも相まってじっとりと染みる汗に不快感が重なる。
「端的に言うとね、特に優秀なレポートが提出された場合、九月に開催されるコンテストがあって、生徒が望めばそこに提出できるっていう仕組みがあるの」
そう言いながら、福飯先生が机の上に出したのが、わたしのレポート。
揺貴町の開拓の歴史を調べたものだ。
「先生、そんなにご配慮いただかなくても。ここで落選したから、資格試験を頑張れって言ってもらえたら、話が早いですよ」
言いにくそうにしているんだから、そんなことを伝えたくて呼び出されたのだと、鈍いわたしでも伝わる。
「ごめんね、結論を話す前にいくつか確認しろって、主任が言ってるからね」
福飯先生は困ったように眉尻を下げている。
先生個人としても戸惑っているのかもしれない。
「どうやって調べたの? この――ユリギノさんについて。図書室の資料だけじゃ、探し切れないでしょう? 綾街さん、夏休みに図書室で調べ物していたのって、郷土史の課題だったと思うんだけど」
付箋の貼られたページ。
そこには、ユリギノ女学院の敷地内にあるお社についての調査内容がある。
「朝日駅の図書館で相談して、閉架になっている開拓時代の資料をあたりました」
「そこまでやったのね……」
「どうしても引っかかった部分があったので。図書委員の先パイに相談したら、図書館のほうがこういう資料は多いし、客観性もあるんじゃないかということでした」
「その先輩って、二年生のあいおさん?」
あいお? と、独特な響きが耳に残った。
白瀬先パイの名字は、秋の穂と書くんだから、普通に読んだらあきほ、だけど。
まあ、そういう読みもあるんだろう。人名って難読なこともあるし。――わたしも、一つの香りで、いつかって読むんだし。
わたしが戸惑っているように見えたのか、福飯先生は「責めてるわけじゃないし、悪いことじゃないのよ。手伝ってもらったからって、レポートをまとめたのはあなたの力なんだから」とフォローを入れた。
「いえ、即答できなくてすみません」
「そんな、謝らせてこちらこそごめんなさい」
福飯先生はいい人なんだろうなって思う。
「主任が言うにはね、かなり詳しく、正確なレポートになっているって。社会科を教えてる私から見ても、とても完成度が高くて、まるで大学生の研究みたいな濃さなのよ。学院側が、手放しに成績を優と言えなかった理由でもあるわ」
完成度が高いと誉めてもらえているようにも聞こえるし、何か重大な違反を犯したことへの事情徴収にも感じてしまう。
後者だとしたら、特待生の資格を剥奪っていう話にもなるのかな? 潔白だからこわくはないけど。
わたし以上に品行方正に生きようとしているひとがいるんだったら、連れてきてほしい。――最近はそこまで品行方正でもないか。そこそこいそうだな。
「それでね、本題なんだけど。――社会科の課題だから、社会科の教員会議でコンテストに出すかを議論したんだけど、結果としては、理事長ストップが掛かったわ」
「理事長先生から……?」
意外な言葉だった。
「問題視された部分は、教えて頂けるんですか?」
「もちろん。そのために呼んだの」
一息。
ページがめくられる。
「ここ。お社に祀られている女神、揺貴蒔菜比売について」
わたしが調べたところだと、いわゆるユリギノさんは、揺貴町の開拓時代――明治時代に入植した屯田兵の娘で、若くして風土病でこの世を去った女性を祀ったのが始まりらしい。
彼女――種生蒔菜は、この町の開拓が進む中で防風林の重要性を突き止めて、ポプラの植樹をしたのだとか。それが今も、この学院を中心に残るポプラ並木のはじまりなんだ、と。
「種生蒔菜さんの存在を突き止めたのが、学院側には都合が悪かったんですか?」
福飯先生が、小さく頷いた。
その名前は、閉架に納められた開拓者の手記の、原語版にあった。
当時のお雇い外国人と呼ばれた、海外から招聘された技術者の手記だ。
「理事長先生がね、故人の思いを尊重して、この部分を削除してくれないかと言っていて……それで、もし削除しないんだったら、コンテストに出さないことを条件に資格を維持してもいいと」
「そこまで、学院側からしてみたら、隠したい事実なんですね」
「そうみたいね。削除しないなら校内での表彰もできないし、綾街さん個人としての公表も認めない。その代わりに、成績要件のみで特待生資格を認める、って」
とんでもなく破格な条件を突き付けられているのはわかる。
一番のネックになる成績要件が残るみたいだけど、どうせ資格をいくつかなんて、要件に入っている英語検定とか漢字検定だったら言われなくても取るものだと思っていたし。
失敗したときの保険くらいに思っておけばいいかな。
「わかりました。公表はしないし、コンテストに出すこともしなくていいです。正直、その部分を削除して意味のあるレポートにはならないと思いますから」
「……ごめんなさいね」
肩を落とす福飯先生に、わたしは首を振って見せた。
「ただの夏休みの宿題ですから」
「そう言える貴女は、随分と図太いわね。こう言われるのはいやかもしれないけど、有名人の親族って、そうなっちゃうのかしら」
「先生も、世界的デザイナーの姪、ですもんね」
「そうなのよー! この間からね――」
先生とわたしの愚痴大会になった面談は、先日のOG訪問からの波乱、余波が中心の話題になった。
レポートに関してはこだわってるわけじゃないから、別にいいや。
◆
いつもどおり図書室に寄って、先日の模試の結果を眺めながら、考える。
総合で六十四。
国語と地歴が七十付近。
英語は六十五。
数学と理科が六十に届かなかった。
郷土史の課題のことを考えても、きっとわたしは文系が向いてるんだと思う。
それなら得意科目を伸ばすのか、苦手を潰すのがいいのか。
別に、将来こうなりたいっていう希望もないしなあ。
なんとなく進学校に入って、そこそこ良い大学に入って、安定した生活が出来たらいいなって思って、普通科を選んだわけだし。
母さんの背中を追ったって、絶対に無理なんだから。
それでもって、平日に帰ってこられない父さんみたいな生活も、送りたくない。
ふたりに感謝はしてる。
学費が免除されているって言っても、世界的デザイナーフクイモモノデザインの制服は、きっと馬鹿みたいに高かっただろうし。親子二代で通ってるんだから、寄付金とかを求められるだろうし。JRとバスを乗り継ぐ定期券のお金だってかなりかかる。
だからこそ、なるべく国立大学に入って、安定した生活を送れるよっていう安心感を与えてあげたい。
――なんて言ったら、父さんは怒りそうだけどね。
どうしようかなあ。
模試の判定シートなんていう薄っぺらな紙切れで、今から二年半後に訪れる人生の分岐点を、どうしたらいいんだか。
「なるようになるものさ」
唐突な声がけにも慣れてきた。
神野先輩だ。
「神出鬼没ですね」
「なあに、悩める乙女は最高の甘露だからね」
いつだったか人物観察が趣味と言っていたっけ。
本当に露悪的な趣味だと思う。
「模試の結果を眺めてため息をついている子なんて、将来に不安を抱えているに決まっているじゃない。わたくしを悪趣味な人間だと、蔑むのはやめておくれよ」
諸手を挙げて降参、みたいなポーズを見せるけど。
そもそも、揺貴町の歴史を調べはじめたきっかけのひとが、変なことを言うものだ。
「課題の方は、残念な結果に終わったのかい?」
「おかげさまで、非常に出来が良いと誉めてもらえました」
「君たちが協力して調べた成果だろう?」
その物言いは、わたしがひとりだけで調べたんじゃないということを、知っている発言だ。
図書館での姿を見られていたのか。
それとも。
「神野先輩は、意味深なひとですね。まるで、ひとの心を読んでいるみたい」
そんな荒唐無稽な指摘を、神野先輩には唇の端を持ち上げるだけで受け流された。
「時間が出来たのなら、もうちょっと深掘りするといいわね。例えば、この学院の前身である女学校時代の話とか」
「前にも聞きましたけど、神野先輩はわたしに、何を調べさせたいんですか?」
ストレートに問うてみる。
だけど、神野先輩は重ための前髪で表情を隠していて、本意を読み取れない。
「貴女のパートナーが、ヒントを持っているかもね――綾街一香さん」
そう言って、彼女は小豆色のロングスカートを翻して立ち去っていった。
「なんだったんだろう」
ひとりごちる。
視線は、自然と模試の評価シートに落ちて。だけど、そこに書かれている文字は追えなくて。
なんだったんだろう。
パートナー……白瀬先パイのこと?
確かにいつも一緒にいるのを見られているし。
ミスまちこ図書室乱入事件――というキャッチーな名前を与えられたあの騒動でも、白瀬先パイはわたしを庇ってくれていたわけで、神野先輩ならどうしてそんなことになったのか、推察できるくらいにはわたしたちを観察出来ていたかもしれない。
だけど。
顔が熱い。
「綾街、何を読んでる――って、模試の結果か」
いつもみたいにひょっこり顔を覗かせたピンク掛かったレンズの白瀬先パイが、不思議そうにこちらを見た。
「どした?」
「いえ、別に」
神野先輩とのことは、白瀬先パイにはなんだか言いにくい。
何をどう言ったらいいのかわからないっていう、爪痕だけを残されたような……。
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