事案第十一号「プライバシー」(1)
ユリギノ女学院には、大層な歴史がある。
前身は大正のはじめに設立された揺貴女学校といい、戦後に今の女子高校として転身したのだとか。
創立者は自らの名を女学校に付けなかったのは、入植した際に亡くしたふたりの子の思いを、繋げたかったかららしい。
校是である、ポプラの如くあれということば。
それは、上の娘が整備したポプラ並木が、この揺貴町を暴風雪と風土病から守ったから、という。
そんなことを、講堂のステージ上でつらつらと語っているのは、理事長の木滝先生。
一学年あたり、普通科百五十名、英文科六十名、商業科と家政科が四十名ずつ。全校生徒九百人弱。
長話を静かに、緊張感を持ちながら聞いている生徒たち。
暖房でも入っているのかと勘違いするような照明の熱。
その熱気を打ち消そうと全力で冷風を吐く空調の音。
それもそのはず。
地域随一のお嬢様学校の学院生であるという自負をもっているんだから。授業料無償化があったって自己負担が発生するんだから。
わたしも含めて、良いところのお嬢さんが多く通う学校なんだから。
それに加えて。
ステージ脇と、座席最後列と中段にそれぞれ、黒子のような部外者が、物々しい機材をぶら下げ、こそこそ動きまわっている。
テレビ局のスタッフだ。
最上段のブロックに座らされている一年生としては、低身長故の座高の低さに悩むわたしとしては、目の前でチラチラと動かれるのは非常に迷惑なのだけど、そんなことを顔に出すわけにはいかない。
『理事長先生、ありがとうございます。続いては、本学院家政科卒業生であり、ミレニアム記念事業として制服が刷新されるのにあたりデザインを担当された、フクイモモノデザイン事務所代表である福飯桃乃さんと、同じく家政科卒業生であり、現在料理研究家兼ライターとして活躍されている、ミスまちこさんによる対談です』
来た。
よかった。
本当によかった。
テレビカメラもこちらを向いていない。
壇上に上がる、ド派手なスーツのおばちゃん。
その後に続く、やたらと綺麗な髪を靡かせて歩くおばちゃん。
フクイモモノこと福飯桃乃さんと、わたしの母である綾街風香――ミスまちこが、壇上に上った。
『ハイ、ドウモ~! ミスまちこデーッス!』
漫才師かな?
『この子ってば相変わらずテンション高いわねえ』
『福飯先パイこそ、ラフレシアみたいな色味のスーツ!』
『まっ。失礼しちゃうわ』
自己紹介すらまだの掴みで、どっと笑いをかっ攫うのが母だというのが気恥ずかしい。
ひとりで顔を赤くしているだろうわたしの顔を、カメラが抜かないことを祈る。
『フクイモモノよ。貴女達、カメラが入るからってしっかり制服着ちゃって。暑いでしょ? ちょっと、ブラウスのボタン開けるとかしなさいよ』
『皆さん、知ってる? 福飯先パイのデザインした制服を最初に着たのがわたしの世代なんだけど、この人ね、着崩すなんて言語道断、市中引き回しにするって言ってたのよ』
『二十年前の戯れ言じゃないの』
『しかもシチュー食べながら』
ああ。冷房が効きすぎてるのかな。
なんだか寒い発言が聞こえた気がする。
遠く、ステージ真下で黒子みたいなスタッフが、スケッチブックを掲げた。
それを見たミスまちこは、フクイモモノさんにずけっとものを言う。
『脱線しすぎですって先パイ!』
『貴女が悪いんじゃないの』
妙に受けの良い一角。上手側の座席――家政科のブロックだ。
伝説的なOGフクイモモノの一面を見られてうれしいのか、珍獣枠で売れているミスまちこが楽しいのか。
娘としては前者であってほしい。
そしてどうか、あの珍獣の娘が校内にいると、バレないでほしい。
そんな儚い願いを知ってか知らずか、対談のテーマを無視した掛け合いが続いていく。
『今の子は華美な装飾を禁じる校則に囚われてるのかしら?』
『わたしのころなんか、髪留めのリボンの垂れる部分は何センチまで、って決まってたのよ! みんな信じられる? でも、わたしが入学した当初は三センチだったのが、毎年一センチくらい見とがめられること無くなって。それで言ってたのよ、これは年速一センチメートルだって』
笑えない。
『その映画、貴女の頃は封切り前じゃない』
名作映画にかけたジョークは、誰も笑っていなかった。
恥ずかしいよ、母さん……。
『先パイの頃には、家政科は花嫁修業って風潮あったわよね?』
『不純異性交遊禁止なんて、黴の生えた校則。まだ残ってるみたいね』
『わたしの頃は、リボンの交換をしたエスの子がうらやましかったものよ』
『あら、どうして?』
『不純でも、同性だからオッケーだって』
学年主任の先生がスタッフのところにすっ飛んでいった。
それから、走り書きされるスケッチブック。
『あら。怒られちゃった!』
『そりゃそうよ。今この中にも、エスの子がいるのかも知れないんだから』
エスなんていう語彙を、現役の生徒がどれほど知っているものなんだろう。
『ゴムの乱なんてあったらしいわねえ』
『先パイ、また怒られちゃうわよ!』
『いいじゃないの。ファッションはわたくしの領域。――みんな、髪をまとめるのに、ちゃんとゴムは使ってるわよね? リボンは、特定の相手がいる証っていう時代があったらしいのよ。そのときに、リボンが華美だなんだと、禁止する流れがあったのよね。そのときに、許嫁がいる生徒や、エスの相手がいる生徒たちが結託して、リボンの代わりにコンドームで髪を縛ったっていうエピソードがあるのよ』
それはデマらしい、いや、本当だ、なんてざわめきが、普通科の端っこに座るわたしにも届いてきた。
再び慌て出す学年主任の先生。
今度は、うちの副担任の福飯先生も飛んできた。そりゃそうだ、叔母であるフクイモモノさんの奔放な発言は、身内として恥ずかしいはず。
わたしも恥ずかしい。
「ねえねえ、綾街さん」
とんとんと、肩を叩かれて振り向いた。
笹芽さんだ。
「綾街さん的に、どう? なんだか刺激が強いんだけど……」
彼女は純粋に心配してくれているのか。
それとも、ミスまちことわたしの関係に気付いているのか。
前者であれ。
「……時系列をあえてバラバラに話していらっしゃるのかなって思います」
「そうだよねえ。エスなんて、大正の頃でしょ? フクイモモノがいくら年かさでも、六十代だものね」
「そうですね。ただ、ユリギノの中では死語にならず続いていた伝統なのかもしれませんね」
「そういう可能性もあるのか。なるほど、さすが綾街さん、賢い」
どうやら疑惑を向けられたわけではないらしいので、ひとつ安心した。
『うちの娘なんてちんちくりんで、制服に着られちゃってるんじゃないかって心配だわ!』
やめてーっ!
「綾街さん、顔赤いけど、大丈夫?」
ふたつ隣に座る宇和さんが、わたしの方を見ていた。
わたしの狼狽に気付いたのかもしれない。
「あ、暑いですよね……照明とか」
「そうよね。ね、ちょっと涼しいところに移動させてもらったら?」
その提案はとてもうれしい。
だけど、母が何を言い出すのかが心配で、「ありがとう」とだけ言って前を向く。
「さすが……孤高の撫子……」
宇和さんが何やら言っていたけど、それは、何? ――気にしないでおこう。
『今年、入学だったかしら?』
フクイモモノさんの発言で、中段のカメラがこちらを、一年生を、パンしながら映しだした。
真横の、最後列カメラも、一年生の横顔を写す。
映像が使えないように、髪で顔を隠しながら俯いてやる。居眠りしている生徒の画なんて、テレビで使えないでしょう。
『娘に手を振れって言っちゃおうかな』
『やめておきなさいよ。貴女が母親だって知られたらいじめられるわよ』
『どういう意味!』
一年生がざわめいている。
「誰だろう!」
宇和さんがきゃぴきゃぴと輝き始めた。
さすが、噂好き。
本当に勘弁してほしい。
『あら、また怒られちゃったわ』
ばつが悪そうにフクイモモノさんは笑うけど、こちらとしては笑いごとじゃなくなっていて――。
早く、息をつきたかった。
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