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参考メモの二 中学時代のクラスメート

 北藍中学校卒業生がもしも一堂に会すなら、それはお盆だ。


 地域のひなびた町内会館。

 ちいさな神社と敷地がくっついた広場には櫓が組まれて、担ぎ込まれた和太鼓を提灯の赤い灯りが照らしている。


 ガビガビと割れた音を出すスピーカーは、笛と少女の歌声で、しゃんこしゃんこと調べを響かせる。

 割れた調べに合わせて、浴衣や甚平、あるいは普段着の幼年幼女たちが輪を作り、見様見真似で舞う。その目的は、最後まで踊った子等だけが貰える特別なお菓子の詰め合わせ。


 盆踊りの会場だ。


 町内会のおやじたちが汗を流しながら焼き鳥を焼き、焼きそばを炒め、氷水で冷やしたラムネを売る。

 それら全部を買い求め、開拓百年を記念する石碑の上に並べてご満悦の罰当たりがいた。


 綾街一香だ。


 自慢の黒髪をポニーテールに束ね、白いリブニットの上に、シトラスが染み付いた水色のカーディガンを羽織っている。

 綾街一香は、焼き鳥のたれをこぼさないようにかじりつき、咀嚼しながら目を細める。


「いっちゃんは相変わらず、おいしそうに食べるね」


 綾街一香より頭一つ分高いところから俯瞰して、久渋里奈が微笑む。

「里奈ちゃんも食べていいよ」

「ダイエット中なの」

 悲しそうに笑う久渋里奈は、背も高く、身体つきはしっかりしていて、公立高校に通う少女。

 綾街一香の特徴と正反対だ。


「どうしていっちゃんはもりもり食べるのに、太らないの」

「普段から、そんなに食べてないよ?」

 塩が浮くほどしっかり味付けされた鳥ももをかじりながら、小首を傾げる。

 さらりと、綾街一香のポニーテールが揺れた。


「給食もお代わりしてたよね」

 久渋里奈が懐かしそうに言う。

 中学校を卒業して、初めての夏休みの再会。そこまで時間が空いたわけでも無かろうに、久方ぶりの再会を懐かしむような声音だ。

「能動的に取りに行ってたわけじゃなくて、先生が余ったお浸しを配り歩いてたの」

「山盛りでお皿二枚分も?」

「お野菜を喜ぶのが、わたしだけだったからじゃないかなあ」


 豚精串をひとかじり。咀嚼しながら、綾街一香の視線は盆踊りの輪に向いた。

「里奈ちゃんも踊ってきたら? おなかが空いて、食べられるかもしれないよ」

「こんなデカ女が混ざったら、子供たちがビビるでしょ」

「でも、礼ちゃんも混ざってるし」

 指さした先、背中に陸上部と漢字でプリントされたジャージ姿の、誉枝礼がいた。


 誉枝礼もまた、綾街一香の元クラスメート。

 三人でよく、一緒に行動していた。

 のっぽと、体格と、ちんちくりん。

 バラバラな三人組として評されていたらしい。


「一番ちんちくりんで、一番適当な格好で歩いてたいっちゃんが、一番変わったなあ」

 しみじみと、久渋里奈が言う。

「そうかな」

「ダサチェックシャツにデニムだったじゃん。あと、くたびれた白スニーカー」

「ふふっ。小学校の頃の服が、ずっと着られたって意味なんだよね……」

 悲しげに笑い、綾街一香は再び塩の浮いた豚精を囓る。


「カーディガンなんて、絶対に選ばなかったよね」

「うん。学校の先パイに借りてて、ちょうどいいから着てきちゃった」

「そういうのを借りパクって言うんじゃない?」

「のっぴきならない事情があって、返しそびれたの」

 その事情というのが数日前の熱中症疑惑なのだから、確かにのっぴきならない。

 綾街一香は、嘘などついてないようだ。


 フランクフルトにマスタードを載せ、囓り、咀嚼。飲み込み、綾街一香は眉尻を下げる。

「おいしい」

「……ほんっと、おいしそうに食べるわね」

「だって、美味しいんだもん。礼ちゃんが一緒だからだよ?」

「うわ、殺し文句」

「だって、本当のことでしょ」


 綾街一香は確かに、普段は粗食であるようだった。

 それ故に、久渋里奈と会話しながらも淡々と胃に詰め込むのは、爽快感すらある。

「服装はねえ。こないだ先パイに、サイズが合うのを選べって言われてね。選び方も教わったの。ファッションセンターのワゴンセールは、身体に合わないよって」

 綾街一香は下着の話をし始めたが、対する久渋里奈はトップスの話だと解釈した。


「だから、そんな肩出しでも、細すぎないように見えるのかな」

「んー、どうだろう。春に比べたら姿勢が良くなったって、誉められちゃったけど」

 へへ。と笑い、ラムネの栓を開ける。吹き出す炭酸が落ち着くのを待つ間に、タレの滴るねぎまを頬張った。


「先輩ねえ。ユリギノほどのお嬢様学校は、おしゃれな人が多いんだろうね」

「制服が似合うように着るだけでも精一杯だよ。見てみる? 四月のわたし」

「服に着られてるね」

「で、夏服」

「同じ人に見えない……え、姿勢だけでこんな違うの?」


 ふふんと胸を張ったが、久渋里奈の目線では小学生の頃から変わらぬ、ただ少しお洒落になって再会した綾街一香でしかないらしい。

 胸も、焼きそばを平らげた腹も膨らんでいる様子はない。華奢。肉付きが悪い、とも言える。

「どこに消えてるの? そのカロリー」

「普段食べてないだけだよ。ひとりじゃご飯もおいしくないもん」


 久渋里奈がもし、綾街一香が思い返している昼食を見たら腰を抜かすだろう。

 冷凍ブロッコリーしか入っていない、「森食ってる」と評される弁当だ。

 しかし、綾街一香は適当だが自分の中では合理的と思っていることをおくびにも出さず、チーズつくねにかじり付く。

 みゅんと伸びるチーズを手で押さえてしまって慌てる姿は、

「変わってないねえ」

 久渋里奈にとっては安心材料だった。



 お菓子の袋を抱えて、誉枝礼が戻った。

 その頃には焼き鳥の串が十本転がっていて、それでもなおじっと屋台を見つめている綾街一香の食欲に戦慄を覚える久渋里奈の姿が出来上がっていた。


「なーたべようとしてるの」

「口がしょっぱいから、甘いの。ベイクドモチョモチョかなあ? クリーム味があるって」

「なにそれ」

「よくわかんないけど、メニューに書いてあるよ」


 誉枝礼が、なぞの品物、ベイクドモチョモチョを買ってきた。

「あん、クリーム、チョコだよ。りなちは、あんこ?」

 もっともカロリーが少ないベイクドモチョモチョを渡して、綾街一香にはクリーム押し付ける。


「なんだ、おやきかあ」

「クリームの今川焼きだ」

「サザエじゃないの」

「「それはちがう」」


 三者三様、息のあった掛け合いで、平べったく焼いた生地にあんやクリームを入れた菓子をほおばる。

 町内会のおやじたちが出す出店としては、かなりのクオリティだ。


「で、いっちゃん。彼氏でも出来た?」

 誉枝礼の何気ない一言で、綾街一香はクリームを吹き出しかけた。

 熱さと驚きで顔を真っ赤にしたその染まり様は、さながらフェノールフタレイン溶液。

「な、なんで?」

「こないだ会ったとき、お洒落してた」

「今日と同じ服だよ。私服なんて、季節にあっていれば枚数いらないし」


 割り切りの良い綾街一香は、家では中学生の頃の体育ジャージを着ることが多いし、最近の暑さにはタンクトップとショートパンツでうろうろだってするようだ。

 だが、誉枝礼と久渋里奈から見れば、きれいな髪と整ったかんばせに、気取らない服装がトレードマークだったクラスメートが、高校進学を契機に垢抜けてしまった。


 その理由を、恋人の存在に見出しているのか。

「でもダサシャツ卒業は彼氏の影響でしょ?」

「恋人なんていないってば」

 誉枝礼が貰ってきた菓子袋からチョコプレッツェルを勝手に取り出し、「あっ」阻止される前に袋を開けた。


 綾街一香の脳裏に浮かぶのはこの確かに彼氏ではあり得ない。

 言うなれば彼女。エスと古風に言ってもいいだろう。


「じゃあいっちゃん、好きな人ができたの?」

 チョコプレッツェルを綾街一香の手から一本とりながら、久渋里奈が問う。

「うーん……好きって、なんだろね」

 一香も、五本を咥えた。

「あたしのお菓子が……」


 綾街一香はラムネの栓を空けて、ううんと唸った。

「もし恋というのが、その人のことを何よりも優先してしまうもの定義するなら、違うかなあ」

「小難しいこと考えないでさ。キスしたりできるかで考えなよ」

 誉枝礼が言う。

 綾街一香はラムネを飲もうとした手を止めた。


「……あれはノーカウントだから」


「えっ! いっちゃんキスしたの!?」

「ホントに? ええ、ユリギノ人っ?」

「バカりなち、ユリギノは女子校!」


 きゃいきゃい喚く久渋里奈と誉枝礼を放置して、綾街一香は、そっとラムネの瓶に口唇を押し当てて、小さく吐息。


 簡単じゃない。

 パーソナルスペースを侵されて。

 サイズのあやまちを正されて。


 そもそも綾街一香には、憧れの制服を身にまとった上での交友関係は希薄だ。

 だが、他の人間がまとめて十割を満たす空洞を、ただひとりで埋めてあふれている。

 その溢れ出す思いに名を付けるなら、


「まあ女子どうしでも偶発でも、それが忘れられないなら、フォルトってことで」

「陸上部がテニス部みたいなこと言う」

「……サーブの打ち直しの権利があるのか、わたしにはわかんないや」


 その名は、恋。


「あ、狐」

 おっと。


「ずっと見てたよ、あの子」

「おこぼれ狙いなんだよ」

「怖いねえ」


 そろそろ退き際か。


/◆◆◆


 揺貴町から離れた、綾街一香の地元の神社。

 盆踊り会場の神社の近くに並ぶポプラは、延々と広がる玉葱畑と住宅地を隔てる境界線だ。


「あら、常彦さん。こんな所で会うなんて」

「蒔菜比売。お主が報告書を滞らせるから、我が様子を見に行けと命じられたのじゃ」

「夏休みなのだから、なかなか接触の機会がないのだと、ご理解いただきたいわ」

「神代の頃からの主神と、大正に祭り上げられた我らでは、力の差があるという事を、忘れているようじゃ」


 北狐と、小豆色のロングスカート。

 二柱の神は嘆息を交わし、そして、双眸に観察対象を納める。


「興味深いことを言っておった。あの子、自覚し掛けているのではないか」

「秋穂白瀬の名前も正しく言えないのに」


 揺貴蒔菜比売が呆れたように、しかし、広げた扇子で相貌を隠しながら、眼差しを向ける。

「常彦さん。そちらの神社の上役は、レポートにご納得いただいているの?」

「ウカ様はご満悦だが、アマテラス様は展開が急ではないかとご不満なようじゃ」

「去年の展開が不評だから、ポプラが育つがごとき勢いを見られるように、手出ししているのよ」


 木滝常彦神は、北狐の頭でうなずきを一つ。

「自然が良かろう。そのうちくっつく」

「でもね、常彦さん。必死な乙女の願いは、極上の甘露だと言っているのは、ウカ様よ」

「実れば何でも良いと思ってらっしゃる。豊穣の女神ゆえな」


 我ら下級の新参とは違うのだと嘯いて、木滝常彦神はポプラ並木へと消えていった。


「さて。余も戻って、報告書に取りかかろうかの」


 開拓時代に神格を得た揺貴蒔菜比売は、乙女の願いを神代の言葉に訳すため、己の社へと戻る。


 小豆色のロングスカートを翻して。


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