事案第九号「レーティング」(2)
『突然ですが問題です。図書室の開放日を教えてくれない先パイは、わたしへの埋め合わせのために、一日付き合ってくれるつもりはあるでしょうか? まるかばつかでお答えください』
なんて、ふざけたメッセを送ってみた。
神野先輩が立ち去ってから、学校の図書室で一通り調べ物をして、やっぱり朝日図書館に行かないと資料が少ないと判断したのはお昼過ぎ。
朝日図書館は、わたしが通学で使う朝日神社停留所の向かいにあるから、帰り道にある。
バス待ちの十五分。そして、乗車から二十分。
その間の暇つぶしとして、読書と並行して楽しめること――白瀬先パイへ、メッセージを送ってみた。
普通に誘えばいいんだけど。
あれから……先パイとお出かけして、お家にお邪魔して……ノーカウントにしてから、一通もメッセージを飛ばしていなかったから。
気恥ずかしさを消すために、ふざけざるを得なかった。
返事は、バスが来る前にあった。
『マル 朝日駅?』
『学校から帰るところです。三十分もしたら、朝日神社に着きます』
『問題です。綾街のためにバッチリメイクの私と、一分でも早く出るためにすっぴんの私、どっちが好み?』
『メイクしたところを見たことがないので、比べられません』
『一緒に出かけた時はバッチリメイクだったけど』
なんですって。
『ごめんなさい、お化粧って、わからなくて』
それどころじゃない舞い上がり方をしていたことは、秘密にしておこう。
『じゃあ、一時間後に。神社集合?』
『図書館でお願いします。外は暑いデス』
あ、誤字。
『教えてくれてthank you death』
乗っかってこられた。くやしい。
――ふふっ。
なんか、他愛ないやりとり。
いつもどおりで、いいな。うれしいな。早く会いたいな。
バスが、早く着いた。
乗車口が開いて、わたしを招き入れてくれる。
涼しい車内。
発車までの、五分。
他愛ないやりとりを続けていたら、本当にすぐだった。
◆
図書館入り口のベンチに座って、先パイを待つ間。
何かヒントでもないかなと思って、生徒手帳を開く。
風紀規定。
・本学院の生徒である自覚を持ち、いかなる場合においても品位を損なう振る舞いを慎むこと。
・不純異性交遊は、学院内外を問わず一切を禁じる。
・放課後は部活動、委員会活動および地域奉仕活動並びに学習塾等自己研鑽に掛かる活動を除いて、速やかに帰宅すること。
なるほど。
もしも。仮に、服飾規定との合わせ技であっても、わたしは品位を損ねていないはず。
OGとはいえ奇天烈な料理を世に発信し続けている母のほうが、よっぽどユリギノ女学院の品位を損ねている気がする。
お手軽鴛鴦茶なんて、かわいい方なんだから。
ぶん、と図書館の自動ドアが開いた。
額に汗を浮かべ、肩で呼吸を整えながら、わたしの姿を見つけた大型犬みたいなひとは、もちろん白瀬先パイだ。
「綾街。お待たせ。何読んでるの?」
白いガーゼ生地のシャツの上に水色のカーディガン。紺色のロングスカート。頭にはカンカン帽を乗っけている。
やっぱり書生風の格好の先パイは、大正ロマンなど何のそのという振る舞いで、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「生徒手帳です」
「なんでまた」
苦笑。
「郷土史の課題のヒントがないかな、と」
「何か面白いこと書いてあった?」
期待しているわけではないだろうけど、先パイは話を広げてくれる。
「服飾規定にも、風紀規定にも、華美な服装とか、化粧を禁じる条文が無いんだな、と気が付きました」
「ああ、それって、校則じゃなくて通達のほうだよ」
「書いてないルールがあるなんて。一年生に優しくないですね」
「そういうのも察するのが、お嬢様学校たる由縁さ」
先パイは「おや、」と、わたしの顔を、服装を、しげしげと見始める。
「優等生の綾街が、風紀規定に反してる」
「えっ。どこが、ですか」
先パイはわたしの手から生徒手帳を抜き取って、風紀規定のページを開いた。
「本学院の生徒である自覚を持ち、いかなる場合においても品位を損なう振る舞いを慎むこと」
ベンチの隣に座って、肩を寄せ合う。
口唇が、耳元に寄せられる。
ゆずリップの吐息が、ふわりと香った。
「その、ね……休日だからって、胸元は気をつけたほうがいいよ」
「えっと、わかっちゃうんですか?」
「ほんっっっとうにやらしい意味じゃなくって! その、胸の、ぽち、が」
そう言って顔を赤くしながらも、先パイは、まっすぐにわたしの瞳を射貫いてくる。
ほんとうにやらしい意味じゃないんだと、理解はするけど。
視線を降ろす。
胸元。確かに。
慌てて、身体を抱く。けど、解決にならない。
頭が沸騰しそう。
どうしていいかわからないままにしていると。
「ほら」
先パイはカーディガンを脱いで、わたしの肩にそっとかけてくれた。
「貸してあげる。暑いかもだけど」
「いいんです、か……?」
先パイの香り。
シトラスと、その奥に甘さも感じる。なんの香りだろう。
「まあ、綾街が気にしちゃうより、いいじゃん?」
「……ありがとうございます。先パイは、優しいですね」
「そうだよ。白瀬さんは優しさの塊なのさ」
そうやって嘯く先パイが、頼もしく見えた。
◆
先パイは図書館の利用方法に詳しくて、本当はちゃんと本好きなんじゃないかと疑ってしまう。
だってそうじゃなければ、わざわざ図書委員なんかにはならないだろうから。
そんな疑問を向けてみると、
「涼しいし、居眠りできるからだよ。部活ほどキツくないし、帰宅部扱いもされないし。だから遅く帰っても親に怒られない」
ライフハックだと言わんばかり。
「不真面目ですね」
「綾街が真面目すぎ」
そう言いながらも先パイはすでに、わたしが調べたいと思いそうなタイトルの資料を何冊か、腕に抱えている。腕時計も外して、傷を付けないようにして。
「どうしてそんなに早く、見つけられるんですか?」
「本に興味が無いのと、国語力かな」
「英文科なのに」
良い意味で、って枕詞を付けるべきなのかな。
興味が薄くて、だから関係しそうなもの以外スパッと切り捨てられる。わたしはちょっとずつでも深入りしちゃって、時間がかかっちゃうのかもしれない。
「綾街は司書さんに、閉架も含めて資料がないか聞いておいで」
「じゃあお言葉に甘えます」
厚意はうれしい。
離れても、わたしを包むシトラスが香るから、勇気を持って司書の方にお話を聞けるし。
手に入れた資料は、絵本を含めて三冊。
司書の方に調べてもらっている間に、先パイが見つけたのは二冊。
午後の時間だけ読むなら、これ限界だという量に絞り込めた。
「こっちは借りて帰れるから、閉架のからやっつけちゃおう」
「先パイってこういう作業に慣れてるんですね」
「ユリギノは冬休みも似たことやるからね。面倒だよ」
「今年はあるんですか?」
「英文科は英語レポート。テーマは寒雁市の伝統芸能」
とんでもない課題だ。わたしには難しい。普通科に来て、本当によかった。
「揺貴歌舞伎とか、ちょうど良さそうですね」
「ベタだけどそれで行こうかなあ」
「あとは、藍染とかどうですか? 北藍中学では定番の自由研究でした」
「インディゴの英語訳あって助かりそうだなあ。ねえ、今日のお礼に付き合ってくれる?」
「もちろんです。わたしの自由研究もお見せできます」
あっ。
自然にお招きしちゃった。
「良いの?」
真剣なトーンの確認。
「いつが、いいですか」
考える先パイ。
幼児コーナーから聞こえる朗読。
「平日が良いかな。遅くなっても、帰りやすい」
「はい。綺麗にしておきます」
微笑めたと思う。
髪を解いて、本に視線を落として、先パイの視線を遮る。
そうしないと、ぎこちない顔とか、頬の熱とか、見られちゃうから。
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