表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/16

事案第1号「パーソナルスペース」(2)

 明くる日


 お昼頃から、予報はずれの雨が。

 それは昨日の帰りに、わたしと先パイが予想したとおり。――と言うには、ちょっと時間が経ってるかな。


 放課後の校門には色とりどりの傘が咲き、寄り添いあったり、分かれてみたり。

 革製の通学鞄を傘代わりに走るひともいる。


 そんな中、わたしは折りたたみ傘を探していた。

 確かに持ってきていたと思うけど、見つからない。


 おかしいなあ。なんて思っていると。

 そこに。


「あれ、綾街。今帰り?」


 背後からの、聞き慣れてしまった声。

 先パイだ。

 クラスメートらしき人と、並んで歩いていた。

 いつもの、かわいらしい眼鏡とは違う銀縁。細いフレームが、なんだか大人っぽく見える。

 手には、大量のノート。日直のお仕事かな?


「あっちゃー、雨か」

「白瀬、傘は?」

 クラスメートさんが、先パイに問う。


「持ってきてないんだよね。トモミ、家まで入れてってよ」

「家、逆じゃん」

「じゃあ、綾街に頼るしかないか」


 急に、先パイがこっちに水を向けた。


「えっ? えっと」

「後輩ちゃん困ってるじゃん」

 クラスメートさんが助け船を出そうとしてくれた。

 両手が塞がったまま先パイは、わたしの鞄を覗き込む。銀縁眼鏡の奥が、不敵に細まった。


「もうちょっとで上がれるから、駅まで送ってよ」

「あ、はいっ!」

 意図が分かった。

 昨日は約束をしてないと、つっけんどんになってしまったから。許可を取りに来てくれたんだ。


「嫌なら断んないと」

 クラスメートさんは心配して言ってくれてるんだろうけど、けれども、先パイのシトラスみたいな匂いにやられてしまっていて。


「大丈夫です、待ってますっ」


「サンキュー綾街」

「けど、駅までって、朝日駅?」

「当たり前じゃん。そこまで一緒でしょ?」


 当たり前ではない気がするし、バスに乗ってしまえば傘は要らないけれども。

 先パイとの時間が、図書室以外でもあるんだなって。


 ちょっとだけうれしく思っちゃった。


「じゃ、待っててね。おらっトモミ、さっさと終わらせるぞ!」

「痛った! やったな!」

 クラスメートさんに体当たりして、先パイは去っていった。


 まだ少し、ドキドキする。

 先パイの香りに、心臓が驚いちゃったから。



 先パイが来るのを、ベンチに座ってぼうっと待つ。

 ベンチには銅プレートが貼り付けられていて、昭和の時代の卒業生が植えたポプラで作られたことが記されている。


 伝統ある女学院。

 特進コースの特待生として籍を置くわたし。


 品行方正に。

 模範的に。

 外見を取り繕って、勉強以外にも知識を得て、大学に進む。


 父さんは私立でもいいって言うけど、とりあえずの目標は家から通える旧帝大。

 ユリギノ女学院から進むひとも、そこそこいるはず。


 何人かが玄関を抜けていった。

 一様に、短い丈のブレザーに、ハイウェストのプリーツスカート。

 同じ格好をしているのに、いろんなひとがいた。


 胸元のループタイが、ずれてるひと。

 ブレザーのボタンを外して歩いているひと。

 うっすらと染めた髪色が小豆のスカートに調和しているひと。

 きっちりと着込んでいるひと。


 お仕着せと校則の間で、どれだけおしゃれに見せようかを競っているみたいだった。

 わたしみたいなちんちくりんには、並び立てない世界。


 ちょっとだけ、着こなせてるひとたちがうらやましい。

 憧れていた制服だっただけに、似合わない気がするのは、ちょっと……かなしい。


 はたと。

 通り過ぎたペアが、わたしを見つけたみたいだった。

 気まずそうにしながら手を振ってきた。指先がひらひら動く程度に、小さく。


 わたしが手を挙げた頃には、早足で通り過ぎていて。くすくす笑い合いながらささめきあう。


 溜息。

 クラスメートだったと思う。

 わたしにアクションを起こしてくれるあたり、嫌われてはないんだろうけど。


 また、ため息。


「お待たせ、景気悪いねっ」

 不意の衝撃。

 誰かが、狭いベンチの隙間を狙ってきた。

 そんなことをするのは、先パイしかいない。振り向くと案の定だった。


「待ってませんよ」

「そう? じゃ、行こうか」

 ピンクのレンズの奥、瞳が細くなる。


「あれ、眼鏡」

「ん? ああ、変えたよ。良く気付くね」

 うれしそうに笑う先パイに手を引かれ、立ち上がる。

 冷たい指先が心地よい。


「お姫様みたいですね。王子様に手を引かれて立ち上がるなんて」

「ふふん。気分はいかが、お姫様?」

「うれしくて、雨も上がってしまいそうですね」


 正面玄関を出ると、土砂降りだった。


 折り畳み傘をひらく。


 並んで入るには小さくて。

 でも先パイは笑って、腕を絡めて。


「濡れるなよー?」

「狭いです、先パイ。パーソナルスペースってご存知ですか」

「領域侵犯でもしてるって?」

「はい。そうです。先パイはいつも、距離が近いです」


 いいじゃんと笑う先パイの体温。制服越しの体温。

 五月の冷たい雨。湿った空気。先パイのシトラス。


 心臓が、落ち着いてくれない。


 侵されちゃったから、かな。


/◆◆◆


 鎮守の森。

 その小さなお社はユリギノ女学院の側にあり、時折神に縋りたい生徒が訪れる。


 親しみを込めてユリギノさんと呼ばれる女神は、にまりと微笑む。


「余に色恋で縋った子は、久しいのう」


 雨の中。

 ひとつ傘の下で身を寄せ合う、ふたり分のスカートを見送る。


「そういや、あやつ。バチは受けるなどと言っておったな……どれ」

 パチンと指を鳴らす。


 不意に吹き付ける風。

 小豆色のロングスカートが暴れる。

 よろめくロングヘア。動きの固まったウルフカット。


「こんなもんかの?」


 寄り添い見つめ合うふたりを見て、その手にはペンとメモ帳。


   必死な乙女の神頼みは、極上の甘露である


「ふむ。報告書を認めるとしようかの」


 小豆色のロングスカートを翻した女神は、まだ下校していない学院生たちの中に溶けていった。


面白い、続きが気になる! と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると、大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ