表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/28

事案第七号「読み」(1)

 夏休みを控えた、放課後。

 気もそぞろのまま授業を受けるクラスメートを尻目に――なんて言うとちょっと偉そうだけど、実際に教室内の空気は浮ついていた。


「それでは、夏休み前に、個々人に課題を出すよ」

 副担任の先生がめずらしく、ホームルームを仕切っている。大量の封筒を抱えていて、それが課題なのだと。

「出席番号順に呼ぶよ。一番、綾街いちかさん」


 返事するか、戸惑った。


「綾街さん?」

「……はい。あの、」

「どうかした?」

 教卓の前で言い澱んでしまって、結局言えなかった。


 いちか、というのは誤読であると。



 入学式から一週間を欠席したわたしがいけなかったんだとは、納得している。

 そのおかげで自己紹介する機会を逸してしまって。

 まるでジグソーパズルの余ったピースみたいに、箱の中で存在することだけは許されている。


 ……きっと違う箱に入るのが正しかったみたいなもの。

 図書室と教室とでは、呼吸のしやすさが違う。


 資料配付の様子を観察していたけれども、封筒の厚みには個人差があった。

 わたしのはとりわけ厚い。特待生だということが関係しているのか、違う理由なのか。

 クラスから浮いていることが理由ではないと思いたい。


 渡された課題資料のタイトルだけ確認してみると、主要教科の小テストみたいなプリントと、美術や音楽レポート、郷土史の調査もある。


 説明用のしおりが同封されていた。


 生徒の直面している課題に合わせて、各教科からの宿題が出ていること。

 希望する進路がない生徒には、課題範囲を広くしていること。

 週一回、進み具合と困りごとをメールで報告すること。


 ……面倒ごとの気配が漂う。

 夏期講習の代わりなのだろう。私立の進学校とはいえ、いや、だからこそ、夏休みを充実させるために。


「綾街さんの資料、すごい量だね」

 突然話しかけられて、びくりと身体が跳ねてしまった。

「ご、ごめんね! 集中してたところ!」


 ばつが悪そうに眉尻を落としていた宇和さんだった。

 そういえば出席番号が近い。だからか、様子を見られていたのかもしれない。

「こちらこそ、ぼうっとしてました」

「ごめんねぇ」

「いえ。何かご用事ですか?」


 問いに、宇和さんは一瞬きょとんとした。

「もう放課なのに、綾街さんが動かなかったから、気になっちゃって」

 はて。

 周囲を見ると確かに、皆思い思いに席を立ったり、わたしと同じように封筒の中身をチェックしていたり。


「気を使わせてしまったみたいで、ごめんなさい。体調なら、大丈夫ですよ」

 以前、具合が悪くなったときに心配をかけてしまったことだし、きっと気にかけてくれたんだ。

 意外と優しい人なのかも知れない。声が大きいからがさつなんだという偏見を持っていたこと、心の中では謝らせてほしい。


「ううん、いいよー」

 笹芽さんが会話に入ってきた。

 ものすごく自然だ。声は小さいけど。


「見て、きーこ。綾街さんの資料の量」

「うわーすごい。これって生徒ごとにカスタマイズしてるってことだよね」

「フラペチーノに生クリームだけじゃないカロリーだよ、これは」

「スタヴァ比喩、綾街さん通じないでしょ」

「きーこ専用だわな」

「さっつんってば、もう」


 わたしを挟んだ友情トーク。

 どこか別でしたらいいのに、今日に限ってわたしを巻き込むには、どういった理由があるのだろう?


「本題忘れてた」

 わたしの目つきで気付いてくれたのか、さっつん……宇和さんが大きな声を上げた。

「ねえ、この後、朝日駅利用組で打ち上げに行くんだけど、綾街さんもどう?」

「打ち上げ、ですか」


 解放感に浮かれて、みんなで遊びに行くということだろうか。

 朝日駅のあたりで高校生が遊べる場所なんてあるのか、そもそも制服で行っていいのかな。

 生徒手帳に校則が書いてあったはずだけども、それを見る余裕はなさそうだ。


「綾街さんって、朝日神社で乗り換えてるでしょ? JR乗り換えだと、バスターミナルよりそっちのほうが近いから」

 おや、よく見られている。

「宇和さんも、朝日駅なんですか?」


 質問に、一瞬の間。きーこ……笹芽さんと目を見合わせて、それから身を乗り出してきた。パーソナルスペースがちょっと狭いらしい。

「あのお稲荷さんの裏に住んでるんだ!」

「お稲荷さん? ああ、朝日神社」

「そうそう! 朝日稲荷っていうのに、バス停が神社ってなってるから勘違いするよね!」


 随分と、嬉しそう。

 ローカルトークができるのが理由だろうか?

「さっつん、脱線してる。で、綾街さん、どうかな? 私も朝日乗り換え組なんだ」

「笹芽さんはどちらですか?」

「北二十条駅だよ。本当は違うバスなら一本だけど、綾街さんが打ち上げに来てくれるなら、朝日駅経由もいいかなって」


 本来と違う経路のひとも対象にするらしい?

 夏休み前という高揚感が、そんな面倒を可能にするのかもしれない。

 だけど、

「折角ですけど、行けたら行くというのは、ダメですか?」

「ダメなもんか!」

 宇和さんの声のトーンが一割上がった。


「じゃ、連絡先交換しようよ!」

「構いませんけど、宇和さんってぐいぐい来るんですね」


 あっ。

 先パイみたいな距離の詰めかただったからつい、先パイに言うような物言いをしちゃった。


 恐る恐る、見上げる。


 照れくさそうに、宇和さんは頭をかいていた。

「距離感なしの宇和早月でごめんなさい、綾街さん。ついでに私も、登録していい?」

 笹芽さんは控えめで、だけど相乗りしてくる。

 別に構いやしないけど。


「夏休みを前にして、初めてクラスの方と連絡先交換をします」

「じゃあうちら、綾街さん第一号だ」

「マジ光栄」

 きゃああと声を上げるふたりには申し訳ないけど、一番は先パイだし、礼ちゃんや里奈ちゃんも……中学の頃の友達はノーカウントか。


「じゃあさっそく! コードで読む?」

「コード……? えと、番号を教えてくれたら、一回掛けますよ」


 疑問符の応酬が始まった。


「まさか、メッセ使ってない?」

「……ああ、なるほど。ありますよ」


 先パイとの連絡専用になっていて、アプリの機能だということに思い至らなかった。


「えっと、あ、綾街さんはこのいつかって名前?」

「そうなってますか?」

「わざと誤字ってるの?」

「いえ。下の名前が表示されるんですか?」


 だったら。

 先パイの表示名が、しらせとなっている。……ん?


「綾街さんの名前って、いちかでしょ?」

 笹芽さんの疑問。

「いえ。いつかと読みます。さっきも先生に、読み間違われていました」

「へえー! 珍しい読み方だね」

「ちょっとしたひっかけ、ですね」

「じゃあ、いっちゃんって呼んだらいいのかな? これなら間違えない!」


 どやっと誇らしげな宇和さんに、「覚えたらいいのよ」と冷静な笹芽さん。

「あだ名かわいいじゃんね、いっちゃん?」

「距離詰め過ぎよ、馴れ馴れしすぎると綾街さん困るって」


 どっちでもいい。

 答え合わせが早くしたい。


「あの、とりあえず今は行くところがあるので……場所や時間など、行けそうかみたいので、送っていただいてもいいですか?」

「あ、そっか。ごめんね送っとく!」


 挨拶もそこそこに、図書室に急ぐ。


 しらせ先パイを、捕まえに。

面白い、続きが気になる! と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると、大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ