湊の黒と人間の選びかた
夜。街の中心部。崩れたビルの屋上に、四人はいた。風が強い。
静かすぎる夜。もう、人の気配はほとんどない。
「……ここで合ってるのか?」
音無シンが辺りを見回す。
「……気配、ある」
楓が短く言う。確かに。何かがいる。だが、空白とは違う。
もっと“はっきりした存在”。意思を持った何か。
「……来る」
風が止む。音が、消える。空気が、凍る。そして。
「―待っていたよ。」
声がした。いつの間にか。目の前に、一人の男が立っていた。
白いコート。整った顔立ち。だが、その目は―どこまでも空虚だった。
「……あんたが」
ルナが睨む。
「敵、だよね」
男は、少しだけ首を傾げる。
「敵?」
その言葉を、楽しむように繰り返す。
「それは、誰にとっての?」
答えになっていない。だが。
それが、この男の本質だった。
「……何しに来た」
シンが低く言う。戦闘態勢。
いつでも動ける。だが。男は、手を軽く上げた。
「戦う気はない」
その一言。だが、誰も信用しない。
「今日は、“話しに来た”だけだ」
静かな声。だが。その言葉には、妙な説得力があった。
「……何を」
ルナが聞く。
男は、微笑んだ。
「真実を」
その瞬間、空気が変わる。誰も、言葉を挟まない。
聞いてはいけない。でも、聞かなければならない。
「君たちは、“空白”を敵だと思っている」
ゆっくりと、男が歩き出す。距離は縮まらない。
でも、圧だけが近づく。
「だが、それは半分しか正しくない」
「……何が言いたいの」
ルナの声が鋭くなる。男は、あっさり答えた。
「空白は、“結果”だ」
その言葉に、全員が反応する。
「原因ではない」
静かに続ける。
「人間が生み出した管理局の実験」
感情の切断。すべてが、繋がる。
だが。男は、さらに踏み込む。
「だが、それでも不完全だった」
視線が、ゆっくりと動く、そして。神代湊で止まった。
「だから、“君”が生まれた」
その一言で。空気が凍りつく。
「……どういう意味だ」
湊が、低く言う。男は、少しだけ楽しそうに笑った。
「簡単だよ」
指を一本立てる
「空白は“消す側”」
もう一本
「君は“残す側」
理解が、追いつかない。
「……は?」
シンが眉をひそめる。男は、続ける。
「空白は、すべてを均一にする」
感情も、存在も、差も。
「だが、君は違う」
湊を見る。
「選んでいる」
その言葉に。
湊の体が、わずかに反応する。
「消すものと、残すものを」
思い出す。戦いの中で。無意識に守ったもの。
削らなかったものそれは、何か、あったか。
「……だから」
男の声が、わずかに低くなる。
「君は、“完成に最も近い”」
その一言。それが、すべてだった。
「……ふざけないで」
ルナが前に出る。
「そんなの、勝手に決めないで」
怒り、恐怖、全部混ざっている。
「湊は……そんなものじゃない!」
叫ぶ。だが。男には、通じなかった。
男は、優しく言った。
「では、聞こう」
一歩、近づく。
「彼は、どちら側だと思う?」
空白か?人間か?
その問いに。
答えは、ない。
ルナは、言葉に詰まる。
その一瞬を、男は見逃さなかった。
「ほらね」
静かな勝利をつかむように言う。
「もう、わかっているはずだ」
視線が、全員をなぞる。
「この世界は、もう戻らない」
そして、最後に、湊へ。
「だから、選べ」
その声は、どこまでも静かで。
どこまでも残酷だった。
「消す側か」
一瞬の間。
「残す側か」
沈黙、風が、再び吹き始める。
その中で、男の姿が、ゆっくりと薄れていく。
「次に会う時は―」
男の重い声だけが残る。悔しかった。
「答えを聞かせてもらおう」
そして、完全に消えた。静寂。
誰も、すぐには動けなかった。
「……なんだよ、あれ」
シンが呟く。軽口は、もう出ない。楓も、何も言わない。
ただ、考えている。そして、ルナは―ゆっくりと、湊を見た
「……選ばなくていい」
小さく、言う。震えている。それでも、「そんなの、間違ってる」
強く、はっきりと、全部、その選択肢ごと、その言葉に。
湊は、何も答えなかった、だが、ほんのわずかに、その手が、動いた。
迷いの中、まだ、揺れている証のように。




