謎の部屋と、男の会話と、湊。
白い部屋だった。音がない。匂いもない。ただ、静かすぎる空間。
神代湊は、そこで目を覚ました。どこか分からない様子。
「……ここは」
声が、やけに遠く感じる。体を起こす。ベッド。見慣れない天井。
いや――“見たことがある気がする”。でもどこか分からない。
「起きたか」
低い声で、喋る人がどこかにいた。横を見ると、管理局の男が壁にもたれていた。
「……お前は」
「覚えているか」
質問で返される。いつものことだった。あまり気持ちはよくは、ない声。
湊は、少し考える、だが、いつもの返答で返してみた。その方が良かったからだ。
「……わからない」
そうとしか、いいようになかったからだ。短く答えた。
男は、わずかに目を細める。それが返答だろうな、と、思っていたかのように。
「やはりな」
そう呟いて、端末を操作する。
次の瞬間。壁に映像が映し出された。古い映像、少しノイズがかかっている。
そこに映っていたのは―小さな部屋、そして、一人の少年。
「……これ」
湊が、目を細める。見覚えがある、いや、“自分だ”、幼い頃の。
その少年は、部屋の隅に座っていた。誰とも話さない。
ただ、じっとしている。それは、幼い時は、何もしていない自分だったということ。
「実験記録だ」
男が言う。それには、自分も驚くことに、なってしまった。
「お前のな」
一瞬、空気が止まる。それがどれだけ空気が重いか。
「……実験?」
湊の声に、わずかな揺れが混じる。それを無視し、男は続ける。
「感情制御実験」
淡々と続ける男。まるで、湊を無視するかのように。
「人間から感情を切り離し、魔法を最適化する研究」
その言葉に、胸の奥が、わずかに軋んだ。映像の中で。
幼い湊の前に、大人が立つ。白衣。顔は見えない
「被験体No.27」
声が響く。とても大きな声だった。
「本日、感情遮断処置を実行する」
その瞬間。映像の中の少年が、顔を上げた。何かを言おうとしている
だが。音はない。次の瞬間。光が、溢れた。白い光。すべてを塗りつぶすような。
そして――映像が途切れた。静寂が部屋を研ぎすます。
「……なんだよ、それ」
湊の声が、低くなる。だが、怒りではない。ただの確認。
「お前は“成功例”だ」
男が言う。
「感情をほぼ完全に失いながら、生存した唯一の個体」
「……唯一」
「他は、すべて崩壊した」
淡々とした事実。その重さが、逆に現実味を奪う。
「……じゃあ、あの黒は」
自分の腕を見る。うっすらと、まだ残っている。男は、少しだけ間を置いた。
「予定外だ」
その一言だった。 事故かも知れないと言うこと。
「……は?」
「記録には存在しない」
つまり、あの力は、実験の成果ではない、別の何か。
「だが、仮説はある。」
男の視線が、わずかに鋭くなる。それは、驚くことだった。
「“空白”と同じ起源だ」
その瞬間、空気が変わったそれが自分に対しどれだけすごいことかわからなかった
「……同じ?」
「お前は、“空白になりかけている存在”だ」
静かな断言。逃げ場はない
「だが、完全ではない」
男は続ける。
「だからこそ、干渉できる」
空白に触れ、削る。普通なら不可能なことを。
「……じゃあ俺は……」
湊の言葉が、途切れる。答えは、わかっている。
それでも。生きることに、迷惑は、ないだろうと。
「人間じゃないのか」
その問いに、男は、すぐには答えなかった。
数秒の沈黙。そして。
「……定義による」
曖昧な答え、だが、それが現実だった。
その時、コン、とドアがノックされた。
「入れ」
男の声、ドアが開く、入ってきたのは―白峰ルナだった。
「……起きた?」
少しだけ、安心したような声、その顔を見て。
湊は、わずかに目を細める、知らないはずの顔
でも。胸の奥で、何かが引っかかる気持ち。
小さな違和感。消えきっていない、何か
「……お前」
言葉が、出かけて止まる。なぜだろう。
名前が、出てこない。それでも。
「……来たのか」
それだけ言った。ルナは、一瞬だけ目を見開いて。
そして。小さく笑った。それが嬉しかった。
「うん。来たよ」
その一言に。わずかに。ほんのわずかに。
部屋の空気が、柔らいだ気がした。




