【地下の永き日】
「零!今日は何しよっか?」
廃研究所の地下には、悠真と呼ばれている男と零と呼ばれるアンドロイドが暮らしていた。
「悠真、今日は昔の世界の話でもしましょうか」
零は悠真にとっては頼りがいのある兄のような存在だ。自分の知らない事を何でも知っていて、疑問に思った事を何でも答えてくれて、怪我をしたらすぐに治してくれる、大好きで憧れのアンドロイドだった。
「昔の話?」
「ええ、ずっと昔に世界は、自然に溢れ動物が沢山住んでいて、季節という概念が存在していました」
悠真は産まれて1回もこの廃研究所から外に出た事がない。本棚や資料、零の話から必要最低限の知識を得てはいる。
「零は産まれてからどれくらい生きてるの?」
「正確には分かりませんが、推定150年以上は経っているかと」
それを聞いて悠真の瞳が少年のようにキラキラと輝いていた。
「すごーい!零はいろんな世界を見てきたんだ!」
その言葉にどこか引っかかる。
「いえ……案外どれも良い事とは限りませんよ」
「どうして?楽しそうだと思うけどな!」
零はどこかを見つめながら語る。
「良く言えば未来に生きられて、悪く言えば二度と過去には戻れずに思い出に浸るしか方法がないのです。私には色々と重たいのです。こうして悠真と暮らしているのも今があるからです」
不思議そうに零を見つめる。
「むずかしい話は分かんないけど、ぼくは零といて楽しい!」
純粋なその笑顔に何度救われただろうか。
「そうですか……それなら良かったです」
こうやって二人は互いにいろんな話をして、互いを知っていく。家事は零が一通りこなせるので、生活する分には困らなかった。悠真はお手伝いとして、身のまわりを整理したり掃除をしたりする。
未来は今の人類には想像しえない便利な技術があるから困らない。
毎日が新しい発見が続く日だった。
こんな楽しい生活が続いていた。続くと思っていた。
とある夜中。
デジタルモニターに映っている時計は夜中を表していた。零は毎日やる作業がある為、それをこなしていた。
悠真は回復ポッドの中で、零が造った癒し効果があるアロマの香りを楽しみながら横になっている。
ふと悠真が呟く。
「ねえ零」
「どうしましたか?」
「外の世界ってどんな世界なの?」
「……」
「零?」
分かっていた事なのに、どうして聞かれるのがこんなにも辛く感じてしまうのだろうか。
「……すいません、ぼーっとしてしまったようです」
「めずらしいね?」
「私もびっくりしています...が、そうですね。質問には答えないと」
「それでどんな世界なの?」
「それはですね……」
世界が滅んでいるだなんて、悠真に言ったらどんな顔をするんだろうと思いながらも、あえて少し濁した。
「空は青く、どこまで行っても自然が溢れていて……言葉で表すには難しい世界ですよ」
「零の言葉で言うなら【きれい】って言うの?」
「その通りです、ですが私は同時にそれが危険だと知っています。だから私は外へは行かないのです」
「行ったことがないの?」
「行った事がないというより……行こうという気持ちにならないのです」
「なんで?」
「……分かりません」
外の世界を知っているのは自分だけだから、もうこれ以上大切なものを失いたくない気持ちがあった。
遠い時に家族と過ごしていた。顔も忘れていない。
しかし、気持ちの整理がつかないまま強制的に離されたのだ。
仮に外の世界に行ってしまったら悠真の事を守れるのだろうか。
だが無邪気にも悠真は言葉を続ける。
「零、ぼく外の世界に行ってみたい!」
「それは何故です……?」
「だって外の世界は広いって教えてくれたじゃん!じゃあぼくが知らない世界があるってことだよね!」
時間が長く経ったとは言え、完全に外の空気が安全になったかと言われたら保証はない。
どう答えるか迷っていた。
「それに零もいるから、何もこわくないよ!」
何だか悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまった。
「...…分かりましたよ。悠真が望むなら、一緒に行きましょう」
「やったあ!やっぱり零はたよりになるね!」
「ただし!準備は念入りに行う事!そして危ないと分かる場所に勝手に1人で近づかないで下さいよ!」
今ではこの世界には二人しかいない。
そんな広いように見えて狭い箱庭の世界に、ずっと閉じこもってばかりいるのも彼には悪いかもしれない。
今の自分には、どうすれば正解なのかが分からない。
遠い昔に約束していた事は今も忘れる事なく、この命が尽きるまで守り抜こうと誓って。
「今日は遅いですからしっかり休んで行きましょう。時間はありますから」
「わかった!また明日だね!おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
悠真のスヤスヤ眠る顔を見ながら、零はあと少しだけ作業をこなした。
零の居る所だけ、ライトは静かに照らしながら時が流れていった。
...
自身の体内に搭載されている時計が鳴り響く。
欠伸をして止める。
いつの間にか、作業中に寝落ちしてしまったようだ。零が背伸びをしながら起きると、回復ポッドに悠真の姿はなく、零の背中に覆い被さるように毛布が1枚かけられていた。悠真がかけてくれたのだろう。
隣の部屋からドタバタと音がする。
どうやら零より早く起きて、荷物の準備をしていたようだ。
「おはようございます悠真、起きるのが早いですね」
「おはよう零!だって今日から零とぼうけん出来るんだよ!零はお仕事の所でおひるねしてたけど、だいじょうぶなの?」
「大丈夫です、ちょっと休憩しようと思ったら眠ってしまったようです。心配おかけしました」
悠真は零の心配をしながら、大きなリュックサックの中に荷物を詰め込んでいるようだ。
チラッと見ただけだが、食料の缶詰・水が入っている入れ物は見えた。
「必要な物は入れましたか?」
「うん!ぼくは食べられるものをいっぱい持っていくんだ!」
「それは良いですね、確認して忘れ物がないようにして下さいね」
「うん!楽しみだなあ」
グ〜……とお腹を鳴らす悠真を見て、零は微笑みながら朝食の準備をした。
今日の朝食は、少し豪華にした。
いつもはトーストと各自好きな飲み物にプラスしておかず一品だったが、今日はトーストの上に目玉焼きがのせられており、他にはヨーグルトや小皿に盛り付けられたアイスクリームが食卓に並ぶ。
「え!何でぼくがおなかすいてるって分かったの!零!」
「…貴方のお腹の虫が、早くご飯を寄越せとうるさく鳴いていたからです」
零が作った朝食を食べながら悠真の様子を眺めていた。
子供のような笑顔を浮かべながら
「今日のご飯、いつもより美味しいね!」
この光景をいつまでも見ていたかった。
この光景を見られるのもこれが最期かもしれないと思うと、モヤモヤがどこかに残っていた。
だがそれは思うだけであり、顔に出さないようにしていた。
「食べないの?」
不思議そうに悠真が見つめてくる。
「ああ、ごめんなさい。これから冒険するのかと思うと何だか緊張してしまって……」
とっさに嘘をついてしまった。
でもこれは必要な嘘だと信じたい。
「零がそんな風になるなんて、何かめずらしいね!でも、ぼくはすごく楽しみなんだ!」
太陽のように明るくて眩しいその笑顔に、何度救われたのだろうか。何て思いながら。
いつもより豪華な朝食を食べながら笑いあった。
「零!じゅんびが出来たよ!行こうよ!」
大きなリュックサックを背負った悠真が、ニコニコして話しかけてきた。
「そんなに焦らなくても世界は逃げていきませんから大丈夫ですよ……」
零も用意したパーソナル・インベントリ・ポッド(以後インベントリ)を自身の機能に装備し、悠真と部屋を出る。
出る前に一度だけ振り向き、部屋を眺めた。
数秒の沈黙の後、静かに扉を閉めた。




