7. セイ
今回はセイのターン。
ぴゅうぴゅう、と音が鳴る。
指先を当ててみると、ひんやりと冷たい。
「なにやってんだい、この子は。」
後ろから、呆れたような声が聞こえてきた。
おばさん。
ねぇ、おばさん。
わたし、じつは知っているのよ。
でも、お口にチャックしているの。
「あのね、ぴゅうって壁がしゃべるのよ。」
指をはなして、後ろを振り返る。
眉間に、少し皺が寄っている。
腰に手を当てて、困った顔。
おばさん。
ねぇ、おばさん。
わたし、わかっているけど。
よいこ、になるから。
だから、おねがい。
わたしのこと、捨てないで?
ボロボロの、古くて狭い家。
でも、この家に居たいのよ。
ぴゅうぴゅうと冷たい隙間風のふくような、寝台くらいしかない部屋だけど。
ここが、とっても好きなのよ。
ねえ、おばさん。
あなたに捨てられたら、生きていけないわ。
♢♢♢
きーん、と耳鳴りがする。
同時に、ズキズキとした痛みを感じる。
全身に広がる痛み。
四肢は鉛のよう。
「ぐっ…。」
あまりのことに、声をおさえることが難しい。
ゆらゆらと霞みがかった視界では、自分がどこに居て、何があったのか認識できない。
ここは、どこ?
どうやら、ぬかるんだ地面に転がっている。
それに気がついた途端、視界が急速にクリアになった。
咄嗟に上体を起こそうとしたが、全身に鋭い痛みがはしる。
あまりの痛みに、再び地面に倒れこんだ。
そうだった。
あの盗賊集団に攻撃をしかけたものの、全く歯がたたず、返り討ちにされたのだ。
改めて全身を確認してみる。
まず、手足の骨は折られている。
後頭部に鈍痛。
肺のあたりにも違和感があるので、肋骨も折れているだろう。
ボロボロにされてはいるが、殺す気はなかったようだ。
最初に襲われた時も、戦力を無力化することを前提としていた。
今回も彼らの邪魔にならないように、それでいて死なないように手加減して攻撃された、ということか。
ゆっくりと治癒の魔術を展開していく。
ふわっと全身、藍色の気に包まれる。
あらかた治ったところで、ようやく座ることができた。
「キー!しっかりして!!」
上体を起こして、はじめて気がついた。
ちょうど後ろに、キーが倒れていたのだ。
彼の方が剣で斬られているぶん、重傷だ。
急いで、彼にも治癒魔術をかけていく。
しかし。
キーのことも、やはり殺すつもりはなかったようだ。
命にかかわるような傷ではない。
出血多量で死ぬことがないよう、考えられている。
おそらくは。
私が治癒魔術を使うことも、計算のうち。
傷をふさぎ、折れた骨をくっつける。
重傷なところを治していくと、キーの顔に生気が戻ってきた。
しばらくすれば、彼も目を覚ますだろう。
ほっとひと息ついたところで、周囲の状況を確認していく。
「結界…。」
逃走防止のものだ。
外からなら誰でも、それこそ子供にでも壊せるが、中からは絶対に壊せないタイプ。
趣味の悪い貴族の間で、数年前に流行していた監禁用の結界である。
これは…誰かが来るまで待つしかない。
通りすがりの人に助けを求めなければ。
「ユカリさま…。」
あの神子さまは、大丈夫だろうか。
おそらく、殺されはしないだろう。
抵抗しなければ、傷を負うこともないはずだ。
そうでなければ、私たちを殺さないように手加減して攻撃したことに説明がつかない。
そう信じたい。
たとえ盗賊に身を落としても、信仰は捨てていないはず。
ユカリさまと私は神官のローブで、キーは聖騎士の鎧姿だったから、聖職者であることは誰にでもわかる。
だが、心は無事とは言えないかもしれない。
彼女は、荒事に慣れていなかった。
きっと、元の世界でも平和に生きてきたに違いない。
恐ろしい思いをしているだろう。
そして、カラの村。
我々を相手にしたときと違って、手加減なしで襲っているはずだ。
きっと、蹂躙されてしまっている。
あぁ、神よ。
やはり、私ではダメでしょうか。
何もできない自分を変えたいと、精進してきたつもりでした。
修行が、足りなかったのでしょうか。
やはり、元々の才能がないのでしょうか。
それとも、使命を果たさんとする少年に偽りを告げたからでしょうか。
目を閉じて、胸に手をあてる。
神に懺悔し、祈りを捧げるのだ。
もう随分と慣れた。
神官となって、23年。
1日も祈りを欠かしたことはない。
幼いころ、浄化の適正があったために、神殿に引き取られた。
当初は、とても不安で怖かった。
きっと、うまくいかない。
わたしは、ひとりぼっち…。
もし、また捨てられたら…。
わたしは少しも悪くないのに。
どうせ、わたしなんて…。
心の中は、そんな気持ちでいっぱいだった。
卑屈で自信のない子供。
周囲の人に嫌われてしまったら、この世の終わりだと思っていたような世界の狭い子供。
今でも、自分に自信なんてない。
そう。
あの少年の話を聞いたときも。
わずか10歳で使命を思い出したと聞いて、
『それに比べて私なんて…。』
と思っていたのだから。
働きを認められて、高位に上がっても本質は変わっていない。
でも。
こんな私にも、何かできるはず。
この世に、生まれてくることができたのだから。
生きる意味が、使命があるのだから。
あぁ、神よ。
私に自信と勇気を。
いつまでも、惨めな気持ちにとらわれないように。
前へ進むことができるよう、お導きください。
ゆっくりと瞼をあげる。
祈りを捧げるとき、いつも心は卑屈な気持ちに満ちている。
だというのに、祈りを終えると心が軽くなる。
それは、まるで浄化のよう。
きっと、神が心に巣食う闇を祓ってくれているのだ。
今となっては、神殿に引き取られたことを感謝している。
だから。
幼いころの私。
悲観しないで。
あなたは、捨てられたわけではないのよ。
♢♢♢
おばさん。
ねぇ、おばさん。
突然、両親を亡くした私を引き取ることになって、不安があったのでしょう?
あのとき、勝手に必要とされない子だと思い込んでいたの。
うっとおしいと思われないように必死だった。
だから、あなたの邪魔にならないように、壁の隙間なんかで遊んでいたのよ。
でも違うと気がついたわ。
ほとんど会うこともなかった姪と、どうコミュニケーションをとれば良いか、わからなかっただけ。
独身だったから、結婚のことも不安だったのね。
要らない子のために、引き取りに来た神官と喧嘩なんてしない。
5年も面倒を見てくれたんだもの。
神殿に入ったあとも、気にかけてくれていたはず。
私は捨てられて、神殿に入ったわけじゃなかったのよね。
おばさん。
ねぇ、おばさん。
私、使命を思い出したわ。
今、後輩の育成に携わっているの。
1人でも多くの人が、立派に成長するように。
私も未熟な身だけれど。
見習いたちを育てること。
きっと、これが私に与えられた使命なのよ。
彼らと一緒に成長していきなさい、ということだと思うの。
それに。
最近は、神子さまのお世話もさせていただいているわ。
すごいでしょう?
おばさん。
ねぇ、おばさん。
もし、故郷に帰ったら。
その時は、私の話を聞いてくれる?
いつか、きっと。
♢♢♢
「おい、あんたら。
なんて趣味の悪いもんに入ってるんだ。
そういう性癖…ってわけじゃあ、ないよな?」
真夜中どころか、うっすらと夜が明けてきたころ。
セイとキーの2人は、ようやく結界から解放されたのだった。




