22. 神さまが宿る泉
キラキラ
光をはじく。
それは、くもりのない水晶のような。
瞼を閉じても、鮮やかに胸の内に現れる。
これが。
今の私にある真実だ。
きゅっと右手で感触を確かめる。
それだけで。
闇を祓ってくれている気がした。
私に光を。
闇の誘惑に負けませんように。
少しずつ、成長していけるように。
前へと、歩んでいけますように。
♢♢♢
日本に帰ろう、と決意したものの。
問題がある。
帰る方法が全くわからない、ということだ。
前触れもなく地球人が降りたち、また帰還していくのが神の泉である。
それは記録に残っている。
だが、どういう原理なのかは全く解明されていない。
セイとキーにも元の世界へ帰りたいと伝えたところ、残念そうにしてはいたが、私の意志を尊重してくれた。
神官長をはじめとする他の聖職者も。
そのため、帰還の道筋が見えるまでは神殿に滞在する。
もちろん、以前のような旅には出ないが、近場の浄化は合間に行うという取り決めを交わした。
その夜。
再度、神の泉の様子を確認しに行くことにした。
手がかりが、他にはないのだ。
どうしても、ここへ来ることになる。
「…ねえ。本当に忙しいんじゃないの?」
なぜ、あんたがここにいる。
夜の泉のほとりには、アッカーが佇んでいた。
「明日には結界をはり直すと聞いたからな。
見納めだ。」
ああ。
そういえば、神官長がそんなことを言っていた。
そうか。
結界がはり直されると、神紋がある人しか来れなくなってしまう。
アッカーも、神を信じているから。
わからなくもない。
「この泉って不思議だよね。
神が泣いた後にできたって話だけど、池とか湖じゃない。
泉だから、湧き水でしょ?
地中から涙が溢れてきているってこと?」
ぼんやりと思いついたことを口に出してみる。
「さあな…。そこまで詳しく知らん。
だが、もしそうなら、今もまだ、悔いて泣いておられるのかもしれないな。」
何となく口にしただけなので、答えが欲しかったわけではない。
だが、そう考えると罪の意識に苛まれたままというのも辛いだろう。
「セイが言ってたんだけど。
悔い改めることは大事なことなんだって。
でも、過剰に罪悪感に苛まれたままという状態は、闇に引っ張られていることもあるらしいよ。
セイはよく、私のせいだと思ったまま、なかなか動けなくなるんだって。」
あの神官か、とアッカーが呟いた。
セイは、おそらく優秀な神官だ。
私にとっても、優しくて頼れるお姉さんというイメージが強い。
でも、本当は自分に自信がないのだという。
いつも、物事をマイナスにとらえてしまうと。
そんなふうに見えないから、驚いた。
私が気がつかなかったと言うと、幼い頃からの修行の賜物です、と穏やかに笑っていた。
「ねえ、神さま。今も後悔して泣いているの?
それなら、もう充分に反省したんじゃないかな。
私も人のこと言えるような立場じゃないけど。
反省は次に活かして、そろそろ前へ進もうよ。」
膝まで泉に浸かって、そう問いかけてみる。
すると、アッカーが目を見開いていた。
「お、おい…。お前、神に…。
よくそんなこと言えるな。
元の世界の神を信仰していたとしても、さすがに…。
畏れ多い…。」
あ、今のはダメ?
神話の神が、あまりにも身近だったから、つい。
でも。
ここまで言ってしまったら、もう少し付け加えてもいいだろう。
「神さま。私の世界の宗教には、罪を憎んで人を憎まず、という考えがあります。
だから。
誰が許してくれなくても。
神さま自身が自分を許せなくても。
私は許すよ。
充分に反省した神さまは前を向いてもいいと思う。
私と一緒に、顔をあげて未来へ行きませんか。」
盗賊ハークの、手の込んだ自殺劇に巻き込まれて亡くなったカラの村人たち。
コクトくん。
動機に納得できないままだし、彼らを許せるわけもない。
だけど。
ハークには、なぜそうしたのかという理由がある。
もちろん、納得はしていないが…。
そうせざるを得ない絶望に追い込んだものがあったのだろう。
彼もまた、大切な人を理不尽な理由で失っている。
生きるということは難しい。
楽に人生を送らせてはくれない。
それでも。
顔をあげる勇気が欲しい。
願わくば。
皆に試練を乗り越えこえることができる道があらんことを。
ハークにも、生きて罪を償う道があったはずなのだ。
だから。
セイとキーも。
いつまでも、力がなかったばかりに、という罪悪感に苛まれることのないように。
アッカーも。
ハークを油断して死なせてしまったという後悔の念にとらわれ続けることがないように。
故人を忘れるわけではない。
だが、そこから一歩も動けないままではいけない。
時間がかかってもいいから。
いつか、一歩だけでも前へ。
だから。
ハークを恨むのはやめにしたい。
私も頑張るから。
苦しんでいるなら、皆で一緒に乗り越えていこう。
そう決意を固めていると。
泉に浄化の光が満ちた。
「ユカリ?」
きらきらの水晶が浮かび上がっては、空へ吸い込まれていくのを見て、アッカーが声をかけてきた。
「ちがう。私じゃない。何もしてない!」
そう。
私は、浄化の魔術なんて使っていない。
なのに。
私の視界は、あっという間に月明かりに輝く光でいっぱいになった。
その刹那。
底が抜けた。
一気に体が泉に沈んでいく。
アッカーが驚いて、私に手を伸ばす。
その手を掴もうとした瞬間。
視界が切り替わった。
♢♢♢
目の前には、点滅する赤。
チカチカと光る赤信号。
人の気配を遠くに感じる。
見慣れた路地。
私は、アッカーの手を掴もうとした格好のまま。
異世界トリップした時も突然なら、帰ってくる時も突然。
本当に、どういう原理なのかは全くわからないが。
少なくとも、これだけはわかる。
ここは、私が異世界にトリップする直前にいた道である。
そう。
望みどおり、私は異世界から戻ってくることができたのだ。
地球に。
この、日本に。




