21. あなたの使命はなんですか
神は、生物に生きる意味を与えた。
生きとし生ける全てのものが、自らの存在を認めていられるように。
希望をもてるように。
自らの生を信じられぬ、これほど悲しいことはない。
だからこそ、神は愛する娘に絶望を与えてしまったことを悔いた。
神も過ちを犯す。
完璧な存在などおらぬ、ということだろう。
だが、大切なことは。
悔い改めることができる、ということである。
罪を憎んで、人を憎まず。
難しいことではある。
だが、これができれば。
もし、乗り越えることができたなら。
この結末を迎えることも、なかったのかもしれない。
♢♢♢
神殿は、翌日には落ち着きを取り戻しつつあった。
問題は山積みではあったが、解放されたことで、聖職者たちは各々、やるべき事に向き合っていったのだ。
小石がひとつ。
ぽちゃん、と音を立てて沈んでいく。
水面が波打つ。
また、ひとつ。
今度は少し奥へ。
ゆらゆらと揺れる。
もうひとつ。
「神聖な神の泉で、そんなことして遊ぶのはお前だけだと思うぞ。」
そう言いながら、彼もひとつ小石を投げ入れた。
そうして、私の横に腰を落とす。
「忙しいんじゃなかったっけ?」
「忙しいに決まってんだろうが。
お役御免になったとはいえ、神殿や軍との調整はやらなきゃならんのだぞ。
なんで俺がやる羽目になってんだ、クソジジイめ!」
必然的に、現場にいるアッカーが調整役となり、ストレスが溜まっているらしい。
「じゃあ、私のことまで気をつかわなくてもいいのに…。
人嫌いなんて嘘でしょう?」
文句を言いつつ、なんだかんだで面倒見がいいのは知っている。
身をもって経験済である。
「…俺の使命は、人を助けることだ。」
迷うように目を彷徨わせたのは一瞬。
すぐに心を決めたようだった。
「だが、昔はうまくいかなかった。
ご覧のとおりの性格だから。
だから、捨てたんだ。
いや違うな。逃げた。
昔の職場から。家族から。彼女から。
失敗したことを認めたくなくて。
それで、誰も俺のこと知らない冒険者になって、やり直した。」
隣から、深いため息をつく気配がした。
「だがなあ。今までの自分はなかったことにして。
それまでの人生は間違いで。
新天地でなければ、成功や幸せがないというのは、果たして本当にそうだったんだろうかと、この歳になって思うようになった。」
そこで、アッカーが私を見た。
これは…。
気がつかれているな。
「お前、あの盗賊たちのことで悩んでいるだろう。」
あんたは、お母さんか。
本当にもう。
この人には、一生敵わないのではなかろうか。
「私はね、アッカー。
この世界の信仰って素敵だと思ったんだよ。
全ての生物には使命があって、生きる意味がある。
この考えが好き。
だから、神話に出てくる神が恋した娘も、ハークも、死を選んだことが残念でならない。
価値のある生命と言われても、自殺してしまうんだなって。」
私にとって、この世界は眩しいものだったのだ。
確かに文明は未発達なところがあるし、危険な目にもあった。
それでも、地球には、日本にはない輝きのある世界に見えていたのだ。
最初は、漫画やライトノベル、ゲームのようだとワクワクした。
その後、現実を知ることにはなったけど。
それでも。
使命の教えは、好きだった。
魔術があって。
浄化の力を授かって。
まるで、物語の主人公のような。
新しい自分になれたかのような。
そんな素敵な世界だと、思っていた。
でも、よく考えてみたら。
私が良いと思うものを、他人も良いと思うとは限らない。
みんなが私と同じ感想を抱くわけではない。
日本で、そう指摘されたではないか。
とっくに、知っていたはずだったのに。
また同じこと繰り返していた。
「人ってのはな。
使命を果たそうと思っても、闇の誘惑に邪魔されるらしいぞ。
無意識に無自覚に、闇に引っ張られて、改心しても繰り返すことがある。
俺もそうだ。
だから、神話の娘も、ハークも、闇に引っ張られたんだ。
人は弱ると、殊更に闇に飲まれやすいからな。」
闇の誘惑。
そうやって邪魔された結果が、これなのか。
それなら、この世界も地球も、ままならないのは同じということか。
せっかく、使命を与えられて生まれてきたのに。
「だがなあ。
自分を変えていきたい、成長したい、打開したい、そう思って努力していたら変わるらしいぞ。
昔、クソジジイから怒鳴る前に一呼吸入れろと言われた。
一瞬待て、と。
変わりたいと思っていたから、そう心がけた。
そうしたら、昔よりはマシになったらしい。」
またひとつ、小石を手に取る。
ひゅっと投げられた小石は、奥の方で泉に飲み込まれていった。
ゆらゆらと、大きな波紋を残して。
「ユカリ。お前の使命はなんだ?
何がしたい?どう生きていきたい?」
使命。
私の生きる意味。
昔から、人に流されるまま。
やりたいこともなく。
誰かに何かをしてもらっても、当たり前のように感じていて。
何か問題が起こっても、他人事で。
ただ、なんとなく、ぼんやりと。
でも。
そんな生き方は、もう嫌だ。
変わりたい。
私も、何かのために精一杯生きていきたい。
使命でなくてもいいから。
これだ、というものが欲しい。
変わりたい。
「ユカリ。欲しいと言いながら、そこに座っているのは間違いだ。
誰かが使命を教えてくれるのを待つな。
自分でさがしに行け。お前のことだろう。」
アッカー。
あんたって人は…。
容赦がないけど。
いつも私のために、言ってくれている。
さがしに行こう。
行くべきだ。
どこに?
もちろん、日本に。
日本での私は。
仕事では、顧客を怒らせたままだ。
担当の人が謝罪してくれたけど、私は謝罪していない。
誰かが、私のためにやってくれたから大丈夫だ、と。
それが当たり前だと思ってしまっていた。
人間関係においても。
中学の頃、鈍感で大嫌いだと言われたことがある。
付き合っていた彼にも、
『お前には意志がない』
と、呆れられた。
もしかしたら、友人知人にも同じように思っていた人がいたかもしれないのだ。
たとえ、本質は変わらなくても。
アッカーのように心がけることはできるかもしれない。
それに何より。
日本では、やりたい事を見つけられないままだった。
もっと真剣に、どう生きたいのかを考えるべきだった。
自分の人生なのだから。
新天地でなければ、異世界でなければ輝けない、活躍できないなんて、そんなわけがない。
本当は、自分の世界で、自分自身の力で切り開くべきだったのだ。
たくさんの人に、たくさんのものを与えられるばかりの生き方だった。
それは、こちらの世界に来ても。
与えられるばかりではダメなのだ。
何かを与えることができる人間になりたい。
自らの意志で。
「アッカー、ありがとう。
私、与えられるばかりだった。
今度は、与える側になろうと思う。
今まで、たくさんのものを貰った。充分に。
だから返しに行くよ。
元の世界へ、帰る。」
かつて、コクトくんが使命を語ったときのように。
私も、少しは近づくことができればいい。
そう決意をこめて、アッカーの濃茶の瞳を見つめ返した。
彼は珍しく、その目をやわらかく細めて。
「とっとと帰れ、クソガキが!」
だが、口調は全く変わらず。
いつものように、悪態をついたのだった。




