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20. なぜ?


― こんなこと、許されないだろうな。

罪もない人の命を奪うなど…。


― 抜けてもいいぞ。

もはや冒険者の資格はないとはいえ、お前まで犯罪者として生きる必要はない。

ハークのことは、俺に任せておけ。


― …バカにするな。

お前らを見捨てるわけねえだろう。

確かに、どうしてハークを止められなかったのか後悔してるよ。

今からやることにも、苦痛しかねえよ。

でも…お前らを置いて行くくらいなら。

それぐらいなら、どんな罪でも背負うほうがマシだろ。


― バカ野郎だな。

お前、本当にバカだ。


― 最初にハークについて行くと決めた奴には言われたかねえな。

俺がバカなら、お前もバカだ。


― …そのとおり。

俺たちはバカだ。

ハークを止められず、あの男を死なせてしまった。

さらには、これからの計画に協力しようとしている。


― そうだな。

神もお怒りだろうな。

だが。

誰が敵となろうと。

例え、世界中が、神が敵となろうとも。

俺たちだけは。

ハークの味方でいよう。


― 生まれた時からの縁だ。

ここまで来たら、最後まで付き合うさ。


― 願わくば。

ハークにも、来世の光がありますように。



♢♢♢



「はあっ?!引き渡すの?!」


たった今、告げられたことに驚愕した。

おそらく、ぎゅっと眉根を寄せたアッカー自身も、心の奥底では納得しかねているに違いない。


「当たり前だ。

俺たちの表向きの役目は、ただの捜査協力。

実際は、元冒険者による犯罪者の確保。

それが終わったら、お役御免だ。

侵入経路、占拠中の動向、そして動機。

それらは…軍の仕事だ。」


だが、すらすらと仕事の範囲を述べてくるあたり、今までも分を弁(わきま)えてきたのだろう。

納得できるかどうかは別として。


冒険者ギルドに、捜査権限などない。


あくまでも確保が目的。

確保のためなら、情報を集めることもできた。

関係者の事情聴取も。

私がギルドに預けられていたのも、そのため。


だがしかし。

こうやって、確保できたのなら。

その時点で、冒険者ギルドの出番は終わり。

以降は、軍と国の司法の出番だ。


そりゃないよ。

ここまでガッツリ関わってんだから。


「…軍への報告、遅らせてしまえ。」


ぼそ、と呟いた瞬間。


ごんっ。

アッカーの拳が脳天に直撃した。


「いっ…!!」


容赦ないな!!

せめて、手加減してくれよ!

いや、手加減されているのはわかっているけども。


無理だと理解していて、ちょっと愚痴をこぼしただけ。

だから、あともう少し優しくしてくれても…。


「んなことしたら、越権行為になるだろうが!!」


あ。

その怒りを燻らせた瞳を見て。

私は確信した。


アッカーも、かなり自分を抑えているのか。

私よりも、ここで事件から手を引きたくないと思っていることがわかる。


なんだかなあ、と思って見つめていると。


突然、暫定的に牢として使用している棟が騒がしくなった。

アッカーと目を見合わせ、すぐに向かう。



扉を開けると。


誰かの怒鳴る声が響く。

むせ返えるような、鉄錆のにおい。

あまりにも濃厚で。


そして。

あたりには、赤黒い液体が飛び散っていた。


こんな光景、どこかで見た。


アッカーと同じ特別査問委員会の人たちが男を2人、取り押さえている。


ああ、そうだ。

あの日の、カラの村も…。

たくさんの血が飛び散っていた。


だが、ひとつだけ。

全く違う。


血だまりには、1人の男が倒れている。

泉の中で、祈りを捧げていた男。

盗賊集団のリーダー、ハーク。


穏やか、という表現が正しいだろう。

血だまりに沈む男の顔には、一切の苦痛が浮かんでいない。


どこまでも、穏やかな表情だったのだ。



♢♢♢



結果として。

まだ軍への報告はされていない。

できなかった。


総本山へ踏み込み、盗賊集団を制圧。

その後、彼らの武装解除。

人質の解放。

使われていない棟を確保し、見張りをたてて盗賊たちを押し込めた。

そこまでは問題ない。


軍への報告はこれから、というときだったのだ。

それなのに、新たな事件が起こってしまった。

どうしても、そちらへの対処が優先される。


あの血だまりの中の男は、ほぼ即死だったそうだ。

殺害されたのは、盗賊集団のリーダー。

盗賊集団の幹部2人による犯行だった。




「…これで、良かった。」


幹部の言葉である。


床に押さえつけられている幹部の1人が、ぽつりと呟いたのだ。


リーダーの息がないことを確認したアッカーが、反射的に怒鳴ろうとしたのがわかった。

だが、直前で、ぐっと言葉を飲み込む。


「…何があったんですか?」


アッカーが怒りを抑えている間に、私の口が動いていた。

幹部たちの、凪いだ瞳が私を捉える。


「あいつの願いだ。殺してくれと言われた。

俺たちにしてやれることは、もはや殺してやることだけだった。」


そう答えた幹部の瞳が、少しずつ潤んでいく。




彼ら3人は、孤児だった。

ほとんど、生まれたときからの付き合いのようなもの。

同じ孤児院で育った。


冒険者になろうと言い出したのは誰だったのか。

孤児院で育った兄弟姉妹の中でも、腕に自信のあった3人が冒険者ギルドの門を叩いた。


そこから、時に怪我をし、失敗をし。

死線もくぐり抜け。

冒険者として、着実に力をつけていったという。


そんなとき。

ある村の魔物討伐のクエストを受けた。

主に聖騎士の役目である魔物討伐だが、なかなか神殿の手がまわらない地域では、冒険者ギルドに依頼されることもある。


その村の娘と、恋に落ちたのだ。

盗賊集団のリーダー、ハークが。


ハークには、たくさんの兄弟姉妹がいる。

孤児院の仲間たちだ。

だが、誰とも血が繋がっていない。

幹部たちもそうだが、血の繋がった家族に憧れがあったそうだ。

だから、結婚の話はすぐにまとまった。


ところが。

彼女に求婚する人間が現れた。

隣村の男。


もちろん、すでにハークと婚約していた彼女は断った。

だが、そこから男による嫌がらせを、彼女は受けたのだとか。

全て、ハークが彼女を守った。


それを見た男は諦めた。

お幸せに、と。

そう言ったそうだ。


それから数日後、村に蔓延した病(やまい)に彼女を含めた十数人が倒れた。

亡くなった人もいた。

彼女も重篤な状態で、いつ心臓が止まってもおかしくはない。


ハークは、ずっと彼女に付き添っていたのだそうだ。


だが、気がついた。

あの、隣村の男。

病の噂を聞きつけて、彼女の見舞いに訪れた男の唇の端が、わずかに持ちあがったことを。

気がついてしまった。


そこで、確信したそうだ。

この病は、この男の仕業だと。


それを聞いたときは半信半疑の幹部2人だったが、のちにハークの言葉が正しかったことを知った。


だが、その時はすでに遅し。

隣村の男は、ハークにより殺害された後だった。


そして。

神殿へ向かうことにしたのだ。


神話になぞらえて。

聖者の真似事をして。

神の泉に祈りを。


彼女の…ハークのために。



「そんな…。

彼女のことは可哀想だけど、カラの村で殺された人たちは、関係ないでしょ?

コクトくんは、彼は何もしていないのに…。」


理解が追い付かない。

言っている意味が、わからなかった。


「そうだ。カラの村人には恨みはなかった。

ただ売っていただけだな。

沼地に生えるムラサキノメ草を。

あれは…。彼女たちを苦しめた毒だ。

村人たち個人には恨みはなかった。

ただ、ムラサキノメ草が取れる村を潰したかった。

潰したいから…襲撃した。」


あまりのことに、二の句が継げない。


「その他のは…。

聖職者を襲うことや、神殿へ真っ直ぐに向かわなかったのは、カラの村を襲った理由を誤魔化すためだった。

聖者の真似事に見えるかと思った。」


襲撃の理由を誤魔化すことで、できる限り、身元や目的が割れるのを遅らせたかった、ともう1人の幹部が付け足した。


「罪もない村人の命を奪っておいて、神が願いを叶えてくれるものか。

彼女とやらが回復しても、普通、そんなもん喜ぶわけがねえだろうが!」


アッカーが吐き捨てた。

だが、その言葉には全面的に同意できる。


「…はじめから、願いを叶えてくれるとは思ってねえ。

もう彼女はこの世にいない。

あの男を殺害した日に、息を引き取った。」


彼女が、死んだ…?

ハークの願いは、彼女を助けてほしい、ではなかったのか?

死んでしまったのなら。

それは…。


「神は、死者を蘇らせることはしない。

願っても叶えられない。それはわかっていた。

あいつは…。

あいつは、わかったうえで神の泉に行きたいと言いやがったんだ!」


幹部の1人が、押し殺したような声で叫ぶ。


「全て終わったら出頭するなんて言ったが、そんなのは嘘だ。

俺たちには、わかる。

こいつ、1人で神殿を襲って、1人で殺されるつもりだった…。

そんなもん、行かせられるわけがねえ!」


もう1人の幹部も、唇を噛み締めている。


「だが。もはや生への気力もない、と。

今生に苦痛しかないと、彼女を抱きしめて泣かれたら。

もう俺たちには何も言えんかった。

だから、せめて。

1人で行くのだけはやめろと。

最期は俺たちに、任せろと言ったんだ…。」


血を吐くような想いであったのだろう。

後悔や罪悪感を、その顔に浮かべた。

血だまりの中に沈む、仲間の姿を目に焼き付けながら。


「これが、あいつの最期の願いだ。

これで…良かった。」


良かった、なんて欠片も思っていない表情で。

声音で。

彼らは、自らに言い聞かせるように呟いたのだった。


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