15. 試練
しばらくの間。
何を言われているのか理解ができなかった。
「な、なんと仰いましたか?」
キーの声にも動揺が滲んでいる。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
対する相手の神官も、オロオロと目を彷徨わせた。
「で、ですから…。
ここ数日、総本山と全く連絡が取れないのです…。」
目の前が真っ暗になったような気がした。
「なにが…。なにがあったんですか?!
連絡が取れないなんて!」
思わず、手が出たようだ。
気がつけば、相手のローブを引っ掴んで揺さぶっていた。
「いや、わかりませんよ!
こちらも、どうしたらいいのか途方にくれているんです!
むしろ、あなた方のほうが何か知っているのでは?!
総本山の方でしょう?!」
知っていたら、こんなに動揺するはずがない。
とある地方の神殿にて。
私たちは、突然、異常な事態に直面することになったのだった。
♢♢♢
東の街、カラの村事件の患者がいる医院。
村と同様に、1人ずつ確認をしたが、ユカリさまは見つからなかった。
やはり、連れ去られたのか。
神殿へ報告を入れなければならない。
経緯を報告するために手紙を認めて、東の街の神殿へ。
その時点では、特に神殿に異常はなかった。
その後。
たとえ聖職者であっても、軍やギルドが盗賊集団の足取りを漏らすわけがない。
それはわかっていた。
だから、私たちは村へと引き返したのだ。
盗賊たちが向かった方角を生存者の誰かが見ていないかと期待して。
そして、期待どおり。
カラの村から出る道のひとつ。
その道を使ったという情報を手に入れることができた。
そこからは、地図を見ながらの推測。
ある村に立ち寄っては、ここに盗賊集団が来ていないか。
もしくは見かけていないか。
それらしき情報があれば、そのまま進む。
なければ引き返して、改めて考察。
雲を掴むような気持ちではあったが、これしか方法が思いつかなかった。
そして、今。
現状の報告を、と立ち寄った町の神殿にて。
総本山と連絡がつかなくなったことを、この地の神官から教えられたのだった。
♢♢♢
「どうしましょう。
連絡がつかないなんて。
何があったのでしょうか…。」
こんなことは、はじめてだ。
ひたひた、と不安が襲ってくる。
うーむ、とキーが天を見上げる。
「現状の把握ができないまま動くのは危険だと思う。
ユカリさまのことは心配だが。
しばらく、ここに滞在しないか?
ここを離れると、事態が動いても何もわからない。」
一理ある。
総本山と連絡がつかない、ということは。
総本山から人が出ず、また行った人が戻らない、ということだ。
ならば。
近いうちに、各地の神殿は協力し、人員の編成をすることになる。
総本山で何があったのかを確認するために。
その結果、何があったのか判明するのか、またしても戻って来ないのかはわからないが。
少なくとも、どちらかの結果を知るには、神殿に滞在していた方が良い。
ここ数日で、ずいぶんと不穏なことが起こっている。
ああ、神よ。
これも、我々に課された試練でしょうか。
♢♢♢
― どうだ?
― 見た目では、何もわからんな。
…特に異臭もしない。
ただの井戸水にしか見えない。
だが、試す必要はあるだろう。
― ムラサキノメ草の目、だな。
やってみよう。
― よし。
この井戸水に、入れてみてくれ。
本当にムラサキノメ草が入れられたのなら、目が赤く反応するはずだ。
― !!
赤くなった…。
ああ、なんてことだ…。
では、間違いなく…。
― 病じゃない。
これは…これは殺人、ということだ。
そして、ムラサキノメ草を所持していたのは…。
― あいつ、か。
しかし、何のために?
― 理由なんざ、わからん。
だが、これでハッキリしたな。
ハークの言うとおりだ。
― お前、どうする?
ハークのあの様子では…。
あいつを殺しかねないぞ。
― 止めるに決まっている。
ハークの気持ちを思えば、殺されても仕方がない奴だ。
だが、だからといって…。
友人を、殺人者にするわけにはいかん。
― そうだな。
俺たちは、友人だ。
しかし、事実を隠すわけにもいかない。
俺たちのことを信じろと言った手前、隠すことも、偽りを告げることもできまい…。
♢♢♢
冒険者ギルドが動いているらしい。
なるほど。
彼らも、神殿と連絡がつかないことに気がついたのか。
と、いうことは…。
「たとえ連絡人員であったとしても、冒険者でしょう?
ますます、怪しくない?」
聖職者は、対人戦闘が禁止されている。
正当防衛はその限りではないが、それでもギリギリのラインまで手を出したくはない。
これは聖職者の共通認識だろう。
つまり。
「冒険者なら、対人であっても受けて立つだろうな。
神殿に何の用があったかは知らないが…。」
キーの言うとおり。
冒険者ならば、攻撃をされたら反撃するはずだ。
「はじめは非戦闘員のスタッフだったとしても1人帰らず2人帰らず…となれば、戦闘員を出す。
それでも帰ってこないなら…。」
総本山に賊が押し入っていた場合、相当な実力者だ。
「ねえ、キー。
実力者について、心あたりがあるわ。」
偶然かもしれない。
しかし、もしやと思う気持ちもある。
「奇遇だな、セイ。俺も心あたりがある。
それも最近の話だ。」
キーも、同じことを考えていたようだ。
そう。
私たちは、盗賊集団の足取りを追っていた。
かなり蛇行しながらではあるが。
偶然にも、神殿総本山のかなり近くまで戻って来ていたのだ。
それはつまり。
あの盗賊集団が、神殿総本山を占拠した?
ひやりとした。
同時に、肌が粟立つ。
「もしも奴らならば…。
ギルドが動くのも理解できる。
元冒険者の集団だったからな…。」
それにしても。
神殿総本山を狙うとは…。
目的は何だというのだろう?
それに、私たちを殺さなかったことも。
信仰を捨てていないと思っていたのに。
いったい、これはどういうことなのか。
ああ、神よ。
いったい、どんな試練を私たちにお与えになったのでしょうか。
我々は何をすべきでしょうか。
「セイ。もしも、あの盗賊集団ならば。
ユカリさまも、総本山にいるのかもしれない。
ならば、俺は総本山の調査隊に志願したい。
セイはどうする?」
答えなんて、1つしかない。
試練を前にして、何もしない神官などいないだろう。
もちろん。
志願するに決まっている。
神殿へ。
総本山へ。
※ムラサキノメ草について
創作の中とはいえ、人を殺すために使われた草です。
現実には絶対に存在しないものにしなければ、と思いました。
考えた末に、グロい見た目にすることにしました。
茎の部分に、ギョロギョロとした目玉がついています。
そう。
ムラサキノメ草の目、は【芽】ではなく、本当に【目】なのです。
普段は、その名のとおり紫の目です。
ですが、近くに同じムラサキノメ草があると、反応して赤く充血するという設定です。
うん。
気持ち悪いですね。
しかし、見た目を決めたものの、この話を書いているうちに、設定を入れる場所を見失いました。
どうしようと迷っているうちに、マジで本編に入れられないままになりまして。
その結果、後書きにぶち込むことにしました…。
ははは。
ごめんなさい…。




