↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

間章. 生きているからこそ


神の泉の章。


これは、悲恋の話である。

同時に、神の過(あやま)ちの話でもある。


なんと神は恋をした。

人を愛し、それ故に間違いを犯したのだ。




ある日、神は1人の娘に出会う。

貧しい村の、枯れ木のような手足の娘。


いつも空腹で。

よろよろ、と食べられる物がないかと彷徨(さまよ)っている。

見かねて、声をかけたことが全ての始まり。


『そこの娘。

腹が減っているのなら、これをお食べ。』


貧しい者は、たくさんいる。

人も動物も関係がない。

目に入ったものに対する、いつもの施し。

神にとって、それは特別なことではなかった。


ぷるんとした、瑞々しさ。

光を受けて煌めく、美しさ。

それは、この世のものとは思えぬもの。

神の世界のもの。


娘は、驚愕した。

神が目の前に降り立ったこともそうだが、何よりも神が与えてくれた食べ物に驚いた。


なんて、美しいのかしら。

これは本当に食べ物?

食べるのがもったいないくらい。


『娘よ。

それは間違いなく、そなたの腹を満たす。

飢えに苦しむのであれば、それをお食べ。』


『感謝します。

このご恩は、決して忘れません。』


娘は丁寧に頭を下げて、村へ戻っていった。


普段ならば。

神はそのまま、他の地へ目を向けるのだが。


その場で食べなかったから。

よろよろと、足に力が入っていなかったから。

村へ戻ることができるのか、不安になったのだ。

だから、帰るまでは見守ろうと思った。



そこで、神は衝撃を受ける。


娘にくれてやったというのに、あの娘は食べなかったのだ。

あの煌めく食べ物は、丁寧に丁寧に均一にわけられて、娘の両親と弟妹の口に入った。


ああ、娘は家族を優先したのだな。

なんと心優しい娘だろう。

しかし、自分が倒れては意味がなかろうに。

そこで、神は再び、娘の前に姿を現した。


『娘よ。

そなたの行いは、尊い。

だが、そなたが倒れては元も子もなかろう。

そなたの家族にとって、そなたは貴重な働き手。

さあ、これをお食べ。』


そして、また煌めく食べ物を差し出した。

今度こそ、食べることを信じて。


『神よ。

お気遣い、誠にありがとうございます。

これで、我らは今日も生きることができました。

心より感謝いたします。』


そうして。

また丁寧に頭を下げる娘。

顔をあげてみると。

じっと、神が娘を見つめていることに気がついた。

そこで一欠片、口に含んだ。


神はそれを見て、満足した。

だから、娘の前から姿を消した。

見られながら食すのは居心地が悪かろう。


だがしかし。

姿を消したからといって、その場を去ったわけではなかった。


神が消えるのを見た娘は、おもむろに幼い妹に手を伸ばした。

まだ赤子。

ようやっと乳離れできたくらいの。

口に含んだままの一欠片を、さらに柔らかくして。

赤子に口移しで食べさせた。


そして。

またもや、神が与えた食べ物を他者へ与えていく。

神はもう、どうしたら良いかわからなかった。


なんと強情な娘だろう。

神たる我の言うことを聞かないとは。


それからと言うもの。

神は毎日、娘の前に現れた。


なぜ食わぬ。

なぜ我の言うことを聞かぬ。


気がついたときには。

神は他の地を巡ることも忘れて。

娘のことばかり考えていた。



そんなある日。

娘に縁談が舞いこんだ。

同じ村の青年と結婚するのである。

神はこの日まで、自らの気持ちを自覚してはいなかった。


だが。

青年と結婚すると聞いて。

どうしようもなく、胸が痛くて苦しい。


なぜ毎日、娘に会いに行くのか。

なぜ不愉快だと思いながら、娘の身体を気にかけるのか。

なぜ娘のささやかな笑顔が眩しいのか。


ああ、まさか。

我は、あの娘を…。


しかし、我は神。

人の子とは決して交わらぬ存在である。

娘の幸せは、村の青年と結婚することであろう。



婚儀の前日。


辛くて苦しくて。

胸を焼く、どうしようもない思いに耐えかねて。

とうとう、娘の前に姿を現した。


会いたかったのだ。

遠目ではなく。

近くにいたい。

話をしたい。

こちらに目を向けてほしい。

我を見てほしい。


『ああ、なぜ目を合わせない。

お願いだ。

こちらを見ろ。

我を見てはくれまいか。』


そこで、娘がぴくり、と肩を震わせた。

目も合わせぬまま。

ゆっくりと。

いつものように。

丁寧に頭を下げる。


『違う。

頭を下げよとは言っていない。

我を見よ。

なぜ見てはくれないのか。』


『神よ。

申し訳ございませんでした。』


頭を下げたまま、ぽつり、と娘が静かに話をはじめる。


『あなたさまは、私が食べぬから、いつも訪ねて来てくださったのでしょう。

卑しい私めは、それを利用したのです。

私が食べぬ限り、あなたさまは来てくださる。

食べ物を持って。

私の家族は、おかげで今日まで生き延びることができました。


ですが、これからは。

縁談がまとまった今となっては。

彼の家のおかげで、おそらく飢えずに済むでしょう。


私めは、利用したのです。

人の分際で、神である、あなたさまを。

本当に申し訳ございませんでした。

そして、誠にありがとうございました。』


『娘よ。

そんなことは、構わない。

だから。

我を見てはくれまいか。

ああ、こんなにも近くにいるというのに。』


なぜ遠い。

そなたが遠いのだ。


『神よ。

あなたの気持ちを利用しておりました。

そのような私に、あなたさまの目を見る資格はないでしょう。

私のことは、お忘れください。』


そう言って。

娘は、その場を立ち去った。


後には、神だけが残された。

動くことが、できなかった。


ああ、憎い。

青年も。

あの娘も。

憎いというのに。


なのに、どうして。

どうして、いつまでも娘の笑顔が消えてはくれぬのだろう。



やがて娘は結婚した。

村人たちに盛大に祝われて。


そして、少しずつ。

娘はふっくらと健康的になっていった。

神が娘に食べ物を与えているときには、ついぞ見なかった、枯れ木ではない瑞々しい肢体である。


その男は。

その男ならば、そなたを飢えさせることがないのだな。


瞳から、頰に流れるものがある。

ああ、これが。

これが叶わぬ恋というものか。


しばらくして。

ようやく、神もこの地を離れた。



だが、身の内に燻(くすぶ)る恋が。

この想いが。

ふっと、外に飛び出してしまう。


いつしか、それは闇となってしまった。

神の心が。

叶わぬ想いが。

暗く歪む。


闇は、あらゆる負の感情を引き起こした。

妬み、嫉(そね)み。

怒り。

怠惰。

傲慢。


また、時には人の価値観を狂わす。

富。

権力。


それらが、人の使命を阻む。

暗く甘美なる誘惑となって。


さらには、実害をもたらす。

草木を枯らす。

動物に取り憑いて、魔物にする。


元は神から飛び出したもの。

この世の誰にも、闇をどうにかできる者などいなかった。



そうして、ついに。

闇が、あの娘を捕らえた。

闇は急速に娘の身体を蝕み、呆気なく殺してしまった。


神は愕然とした。

殺したかったわけではない。

ただ、恋しかっただけだ。


娘の夫となった青年は、彼女の身体を抱きしめて慟哭(どうこく)した。

娘を愛していたのだ。


青年は、神に問いかけた。


『なぜ彼女を殺したのですか。

殺す気がなかったのならば、なぜ彼女は目を開けないのですか。

確かに、彼女は悪い女でしょう。

生きるために、許されぬことをしたと言っていました。

神を欺(あざむ)くなど、とんでもないことです。


しかし。

それは、彼女の家族を助けるためだった。

あの頃の私では、彼女の家族まで面倒をみてやることができなかったのです。

だから、本当に悪いのは私なのです。


殺すのであれば、私にしてください!

彼女ではない。

あのような行為をさせたのは、私なのです!』


青年の言葉が、真っ直ぐに神の胸に突き刺さる。


ああ、本当に殺す気がなかったのだろうか。

我は、心のどこかで殺したいほどの憎しみを抱えていたのではないか。


我も、人であれば良かった。

それなら、想うだけで人を死に至らしめることはなかったのに。


神は、青年の願いを聞き届けた。

そうせねば、と思ってしまった。

すなわち、青年の命と引き換えに、娘を蘇らせたのである。

だが、これはやってはならぬことだった。


気まぐれに施しを与えたとしても。

生物の生と死には、手を出さない。

そう決めていた。


それなのに。

叶わぬ恋は全てを狂わせてしまった。



目を覚ました娘は絶叫した。


なぜ彼は目を開けない?

なぜ身体が冷たい?


こんなこと、望んではいない。

命を落としたことは、残念だったけれども。

だからといって、彼を犠牲にして生き延びたいわけではなかった。


『神よ。

なぜ、彼の命を奪ったのですか。

これが私への罰ですか。


もはや、彼のいない世界など。

こんな罪を抱えてまで、生きることなど。

私にはできません。』



娘は止める間もなく。

自らの喉を切り裂いた。


神は、ただ茫然とした。

こんな結末を望んでいたわけではなかった。

生物の生死に干渉する以前の問題だったのだ。


娘の心を殺したのだ…。

我は…。

我は、なんということを!


いつかの日の、比ではない。

滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら。


在りし日の、娘の笑顔が消えていく。


このどうしようもない心を抑えなければ。


人の子たちよ。

済まなかった。

もはや我は神とは呼べぬ。


我はもう、この地に降り立つのは控えよう。

この心が、闇をもたらすのだ。

この大地に、これ以上の影響を与えることはできまい。


そして。

闇に対処する必要もあろう。

あれは、我の心の一部。

ならば、もう一つ我の心を置いていこう。


後始末まで、そなたらにさせるのは心苦しいが。

これ以上、我が留まり、闇を撒き散らすほうが迷惑というものだろう。

済まなかった。



神が立ち去った後には。

大きな泉ができていた。

神の涙で、できたもの。


そうして。

人々は、闇に立ち向かう力を手に入れた。

浄化の力である。



神の世と、この世は泉で繋がっている。


それ故に。

泉で、神に祈りを捧げて願うならば。

願いが聞き届けられることがある。


もちろん、聞き届けられぬ願いも多い。


だが。

無い命を生み出すこと。

死者を蘇らせること。

他者を陥れるもの。

自らの欲を満たすもの。

このようなものではない限り。


精進潔斎し、必死に祈りを捧げるのであれば。


人のような感情をもつ神だからこそ。

その願いを、聞き届けてくださるという。


例えば。

母親が、子供の足の怪我を治してください、という願い。

消息を絶った友人の生死だけでも知りたい、という願い。

愛する人の幸せを、という願い。


こうして、泉は、神の泉と呼ばれることになったのである。



泉とは。

水が湧きでるもの。


水とは。

全てを洗い清め、癒すもの。


すなわち。

あらゆる生物の命の源。


次から次へと、絶えず湧きでる水。

渇きを癒し。

傷を清め。

生命を育む。



過ちを犯すこともあろう。

だが、それもまた、生きているからこそ。


神もまた、存在する限り、自らの過ちと向き合わねばならない。


神聖なる、神の泉。


それは、神と生物が、悔い改める場。

そして、自らの心と向きあう場。

身も心も、清めて前へ進むための場。




そして、今日もまた1人。


自らの過ちを認め、そして泉に祈りを捧げる者がいる。

そして、神に願う。


どうか。

私の願いを。


神よ。

恋を知る、あなたさまなら。

私のこの想いも、ご理解くださいませんか。


ああ、神よ。

どうか。

お許しください。


今回は、完璧な人なんていないよねって話です。


自分から見て、幸せそうで何でもできて、悩みがなさそうで…そんな羨ましい人っていませんか?


まあ私にはいたんですけど、実はその人には色々と抱えているものがあったんです。

全くそう見えなくて衝撃でした。

完璧に見えるけど、本当はそんな人も失敗するし、何かしらあるものだ、ということを神さまに演じてもらいました。


それから、私がやってしまった失敗も。

心の奥底では、ダメだとわかっているはずなのに、人を攻撃してしまうことってありませんか?

人はなぜ、いけないと思うのに、傷つけるようなことを言ってしまうのでしょうね…。

止められず感情のままにやってしまったことの反省を込めたお話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。