↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
98/100

第98話:皆のことをもっと知りたいですわ!

 写真を飾った翌日、麗奈は書庫で一人、机へ向かっていました。


 目の前には、屋敷で暮らす者たちの名前を書き留めるための紙があります。


「わたくし、皆のことを案外知りませんのね」


 改めて考えてみると、知らないことばかりでした。


 小春が十六歳だと知ったのも最近です。


 橘が女性だと知ったのも最近です。


 シロが雄で、ノアが雌だということも、すべて後から知りました。


 それどころか、小春の名字すら、玄関に落ちていた郵便物を見て初めて知ったのです。


「これは、お嬢様としてよろしくありませんわ」


 麗奈はペンを手に取りました。


 まず、自分の名前を書きます。


『一ノ瀬麗奈』


「立派なお名前ですわね」


 自分で書いて、自分で満足しました。


 その下へ、小春の名前を書きます。


『日並小春』


「日並小春……」


 口に出してみると、柔らかな響きでした。


「本人は、あまり柔らかくありませんけれど」


 聞かれれば怒られそうなので、小さな声でいいました。


 そして次に、橘の名前を書こうとしました。


『橘』


 そこで、麗奈の手が止まります。


「……下のお名前は何でしたかしら」


 何度考えても、聞いた記憶がありません。


 麗奈はこれまでずっと、橘を名字だと思って呼んでいました。


「橘という名字に似合うお名前……」


 麗奈は腕を組みました。


 最初に浮かんだのは、短い髪と低めの落ち着いた声です。


「橘凛」


 それらしい気はします。


 しかし、先日見た私服姿を思い出すと、少し印象が違いました。


 淡い色のワンピースに、柔らかなカーディガン。


 普段の執事服からは想像できないほど清楚で、綺麗な姿でした。


「もう少し上品なお名前ですわね」


 麗奈は紙の端へ候補を書き始めました。


『百合子』


「少し違いますわ」


『静香』


「悪くありませんけれど……」


『美咲』


「明るすぎる気がしますの」


 麗奈は何度も首を傾げました。


 そして、次の名前を書きます。


『綾乃』


「……橘綾乃」


 口に出した瞬間、麗奈は動きを止めました。


「妙にしっくりきますわね」


 もう一度、声に出します。


「橘綾乃」


 清楚な私服姿にも合います。


 落ち着いた声にも、整った顔立ちにも合っています。


 考えれば考えるほど、橘が綾乃という顔に見えてきました。


「もう綾乃でよろしいのではなくて?」


 名簿へ書き込みかけ、麗奈は慌ててペンを止めました。


「駄目ですわ! 勝手に名前を決めてはいけませんの!」


 危うく、本人の知らないところで橘の名前を決めるところでした。


 そのとき、廊下の向こうから橘の声が聞こえます。


「お嬢様、夕食の準備が整いました」


「いま行きますわ!」


 麗奈は返事をすると、紙へ並べた候補を慌てて重ねました。


 下の名前など、本人に聞けばすぐに分かります。


「明日、きちんと聞きますの」


 そう言って立ち上がった麗奈は、書庫を出る直前にもう一度だけ紙を振り返りました。


「……ですが、やはり綾乃顔ですわね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。