第94話:お邪魔はしませんわ!
昼下がり。
麗奈は書庫で読んでいた本を閉じると、紅茶でも淹れようと思い立ちました。
普段なら橘を呼ぶところですが、今日は自分でやってみることにします。
「いつまでも人へ頼ってばかりでは、お嬢様として成長できませんもの」
誰に聞かせるでもなくそう言いながら、麗奈は台所へ向かいました。
しかし、扉の前まで来たところで、中から小春の笑い声が聞こえます。
麗奈は足を止めました。
小春があれほど楽しそうに笑うのは、珍しいことでした。
少しだけ開いていた扉の隙間から、中を覗きます。
台所には、小春と橘がいました。
橘は小春の頬についていた何かを、指先でそっと取っています。
「じっとしていなさい」
「自分で取れますよ」
「先ほどから取れていません」
「もう、近いですって」
そう言いながらも、小春は嫌がっている様子ではありません。
むしろ、照れくさそうに笑っています。
橘も、普段の仕事中にはあまり見せない柔らかな表情を浮かべていました。
麗奈の顔が、ゆっくりと赤くなっていきます。
「……まあ」
思わず、小さな声が漏れました。
二人が同時に振り返ります。
「お嬢様?」
「麗奈さん?」
見つかりました。
麗奈は慌てて扉から離れました。
「な、何でもありませんの!」
「紅茶ですか?」
橘が尋ねました。
「そうですけれど、いまはお邪魔でしょうから!」
「何の邪魔ですか?」
小春が首を傾げます。
「それをわたくしに言わせますの!?」
「本当に何の話ですか?」
二人とも心当たりがない様子でした。
それがかえって麗奈には、隠しているように見えました。
「安心してくださいまし。わたくしは理解のある主人ですの」
「何を理解されたのでしょう」
「言わなくても分かっていますわ!」
「分かっているのは麗奈さんだけだと思います」
麗奈は顔を赤くしたまま、一歩ずつ後ろへ下がりました。
「どうぞ、ごゆっくり!」
「ですから、何をですか?」
「お邪魔はしませんわ!」
そう言い残し、麗奈は廊下の向こうへ逃げていきました。
台所には、取り残された二人だけが残ります。
「……何だったんでしょう」
小春が呟きました。
「分かりません」
橘はそう答え、小春の頬から取った小麦粉を布巾で拭きました。
「先ほどのお菓子作りの続きですが」
「はい」
二人は何事もなかったように作業へ戻りました。
一方、麗奈は自室へ駆け込むと、扉を閉めて胸元を押さえていました。
「まさか、橘と小春が……」
想像しただけで、また顔が熱くなります。
「わたくしは何も見ていませんの……!」
誰も聞いていない部屋で、麗奈は一人、必死にそう言い聞かせました。




