第92話:橘の休日ですわ!
「明日は休みをいただきます」
夕食後、橘がそう告げました。
「橘も休むのですのね」
「人間ですので」
「それは知っていますわ!」
翌朝。
麗奈が廊下へ出ると、玄関の前に見知らぬ女性が立っていました。
淡い色のワンピースに、薄手のカーディガン。普段の黒い執事服とは正反対の、清楚で柔らかな装いです。
長身で姿勢がよく、整った横顔も相まって、どこかのお嬢様にも見えました。
麗奈は思わず足を止めます。
胸が、一瞬だけ大きく跳ねました。
「……どちら様ですの?」
女性が振り返ります。
「…………」
「おはようございます、お嬢様」
「橘!?」
「はい」
麗奈は目を見開いたまま、頭の先から足元まで何度も見ました。
「本当に橘ですの?」
「昨日から何も変わっておりませんよ」
「変わっていますわ! 見た目が、完全に!」
声も顔も確かに橘です。
しかし、普段のきっちりした執事服とはまるで印象が違いました。
「その服は何ですの?」
「私の私服です」
「私服……」
「休日ですから」
麗奈はもう一度、橘を見ました。
清楚で、綺麗で、落ち着いていて。
普段よりもずっと柔らかく見えます。
「……似合っていますわね」
「ありがとうございます」
橘が微笑みました。
その瞬間、麗奈の胸がまた跳ねました。
「では、行ってまいります」
「え、ええ。お気をつけて」
橘が屋敷を出たあとも、麗奈は玄関に立ち尽くしていました。
そこへ小春がやってきます。
「どうしたんですか?」
「橘が知らない女性になりましたの」
「いつもの橘さんですよ?」
「分かっていますわ!」
「見惚れてました?」
「見ていただけですの!」
「顔、赤いですよ」
「気のせいですわ!」
夕方。
橘が戻ると、麗奈はすぐに玄関へ向かいました。
「お帰りなさいな」
「ただいま戻りました」
「今日は何をしていましたの?」
「買い物と、少し食事を」
「誰と?」
「一人です」
「そうですの」
麗奈はなぜか少し安心しました。
橘は小さな紙袋を差し出します。
「お土産です」
「まあ」
「お嬢様のお好きな焼き菓子です」
麗奈は袋を受け取り、少しだけ視線を逸らしました。
「……また休んでもよろしくてよ」
「ありがとうございます」
「ですが、その服で急に現れるのは反則ですの」
「何がでしょうか」
「何でもありませんわ!」
橘は不思議そうに首を傾げました。
麗奈はもう一度だけ、私服姿の橘を盗み見ます。
やはり、少しだけ胸が騒がしくなりました。




