第78話:小春の名字を知りましたわ!
玄関近くを通りかかった麗奈は、床に白い封筒が落ちていることに気づきました。
「誰のものですの?」
拾い上げ、何気なく宛名へ目を落とします。
『日並小春様』
「……日並?」
聞いたことのない名字でした。
そこへ小春がやってきます。
「小春、こちらはあなた宛てですの?」
「あ、ありがとうございます」
小春は封筒を受け取りました。
「あなた、日並という名字でしたのね」
「そうですよ」
「初めて知りましたわ」
「聞かれませんでしたので」
「ま、またそれですの!?」
近くにいた橘が、ほんの一瞬だけ小春を見ました。
小春も橘を見ましたが、二人とも何も言いません。
「どうしましたの?」
「何もありません」
「いま目を合わせましたわよね?」
「郵便物が落ちていたので、気をつけようと思いまして」
橘はいつもの調子で答えました。
麗奈は少し疑いましたが、すぐに別のことへ意識を向けます。
「ところで、中身は何ですの?」
「図書館からの返却期限のお知らせです」
「延滞していますの?」
「一日だけです」
「小春にも抜けているところがありますのね」
「麗奈さんに言われたくありません」
「わたくしは返却期限を忘れませんわ!」
「本を借りたこと自体を忘れますよね?」
麗奈は黙りました。
「それにしても、日並小春……」
麗奈は音を確かめるように口にしました。
「よいお名前ですわね」
「ありがとうございます」
「名札でも作りますの?」
「必要ありません」
「では、屋敷の名簿へ正式に書いておきますわ」
「いままで名字なしで登録していたんですか?」
麗奈の手が止まりました。
「……小春で通じていましたもの」
「管理が雑ですね」
「これから整えますの!」
小春が封筒を持って離れたあと、橘も静かに仕事へ戻りました。
麗奈は二人の背中を見比べましたが、結局、先ほどの視線の意味には気づきませんでした。




