第67話:勝手にときめいていましたわ!
橘が女性だと判明してから、麗奈は妙に橘を意識するようになっていました。
橘自身は何も変わっていません。
いつもどおり執事服を着て、いつもどおりの落ち着いた声で仕事をしています。
変わったのは、麗奈だけでした。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「そこへ置いてくださいまし」
「承知しました」
橘がティーカップを置くため、麗奈のすぐ横へ身を屈めます。
麗奈は無意識に身体を引きました。
「どうかされましたか?」
「何でもありませんわ」
橘が離れてから、麗奈はそっと息を吐きました。
そのとき、脳裏に古い記憶が蘇りました。
屋敷を買ったばかりのころ。
傷んだ屋根材が落ちてきて、橘に強く腕を引かれました。
次の瞬間には、その胸元へ抱き寄せられていました。
『お怪我はありませんか、お嬢様』
すぐ近くで聞こえた橘の声。
あのとき、麗奈の胸は確かに跳ねました。
「……」
麗奈の頬が、じわじわと赤くなっていきます。
橘は、男だとは一度も言っていませんでした。
性別を隠していたわけでもありません。
麗奈が執事服と声だけで殿方だと思い込み、勝手に恋愛小説のような場面として受け取っていただけでした。
「わたくし……何を一人で勘違いしていましたの……」
「何の話ですか?」
「ひゃっ!」
いつの間にか、橘が目の前に立っていました。
「驚かせないでくださいまし!」
「先ほどから呼んでおりました」
「聞こえませんでしたの」
「顔が赤いようですが、熱でもありますか?」
橘が麗奈の額へ手を伸ばします。
麗奈は椅子ごと後ろへ下がりました。
「触らなくて結構ですわ!」
「ですが」
「元気ですの!」
そこへ小春が入ってきました。
赤くなった麗奈と、不思議そうな橘を見た小春は、すぐに何かを察したようです。
「何か思い出しました?」
「何も思い出していませんわ!」
「屋根とか?」
「どうして分かりますの!?」
言ってから、麗奈は両手で口を押さえました。
小春の目が細くなります。
「やっぱり」
「違いますの!」
「何がですか?」
橘だけが状況を理解していません。
「お嬢様、橘さんに助けてもらったとき、少しときめいていたらしいですよ」
「小春!」
「そうだったのですか?」
橘が淡々と尋ねました。
麗奈はしばらく黙り込み、視線を床へ落としました。
「……格好よかったのは事実ですの」
「ありがとうございます」
「普通に受け取らないでくださいまし!」
小春はとうとう堪えきれず、声を上げて笑いました。




