第63話:招待が来ましたわ!
朝食を終えた麗奈の前へ、橘が一通の封筒を差し出しました。
厚手の白い封筒には金色の縁取りがあり、中央には九条院家の紋章が押されています。
「九条院家から、ご招待状が届いております」
「アリサさんのお屋敷なら、以前うかがいましたわよ?」
「今回は本邸だそうです」
麗奈の手が止まりました。
「……本邸?」
「以前のお屋敷は、学校へ通うための別邸とのことです」
「……あれが別邸でしたの!?」
十分すぎるほど立派だった屋敷を思い出し、麗奈は招待状へ視線を落としました。
『麗奈さんを、九条院家の本邸へご招待いたしますわ』
日時や服装、迎えの車が到着する時刻まで、隙のない文字で記されています。最後には、九条院アリサの名が流れるような筆跡で添えられていました。
「友人を家へ招くだけで、ここまで大ごとにしますの?」
「九条院家ですので」
「その一言で何でも済ませないでくださいまし」
指定された日の午後。
屋敷の前へ現れた黒塗りの車に乗り、麗奈は九条院家の本邸へ向かいました。
やがて車は、高い塀に囲まれた巨大な門の前で速度を落としました。
門が左右へ開きました。
そこから先にも、長い並木道が続いていました。
「以前のお屋敷より、門から建物までが遠くありませんこと?」
「あちらは別邸ですので」
運転手が穏やかに答えました。
「別邸という言葉を便利に使いすぎですわ!」
窓の外には整えられた庭園が広がり、その奥には噴水や温室まで見えます。
しばらく進んで、ようやく本邸が姿を現しました。
麗奈は黙りました。
左右へ長く広がる白い建物。何本もの柱が並ぶ正面玄関。広い階段の上には、使用人たちが整列しています。
「……学校ではありませんの?」
「九条院家の本邸でございます」
車を降りた麗奈へ、使用人たちが一斉に頭を下げました。
「ようこそお越しくださいました。一ノ瀬麗奈様」
声まできれいに揃っていました。
その中央で待っていたアリサが、満足そうに微笑みます。
「お待ちしていましたわ、麗奈さん」
「ずいぶん大げさなお出迎えですのね」
「普段どおりですわよ?」
「これが普段ですの?」
玄関へ入るだけでも、数人の使用人が静かに動きます。
麗奈は圧倒されていることを悟られまいと、いつも以上に胸を張りました。
「まあ、立派なお屋敷ですこと」
「ありがとうございます」
「わたくしの屋敷も、負けてはいませんけれど」
「そうですの?」
「……広さと人数以外は」
アリサの目がわずかに笑いました。
「いま笑いましたわね?」
「笑っていませんわ」
「絶対に笑いましたわ!」
「玄関で騒がないでくださいまし」
そのとき、奥から柔らかな声が聞こえました。
「まあ。本当に麗奈さんなのね」
現れたのは、アリサより少し年上の女性でした。
整った顔立ちはよく似ていますが、アリサよりもずっと穏やかな雰囲気をまとっています。
その隣には、小学生くらいの男の子が静かに立っていました。
「姉ですわ」
「九条院家の長女です。いつもアリサがお世話になっています」
姉は優しく微笑み、麗奈へ頭を下げました。
「こちらこそ、アリサさんには日頃から大変お世話を――」
「お姉様、余計なことは言わなくてよろしいですわ」
「まだ何も言っていませんよ?」
「これから言う顔をしていましたの!」
姉は困ったように笑いました。
「アリサから、麗奈さんのお話はよく聞いているの」
麗奈はすぐさまアリサを見ました。
「何を話していますの?」
「大したことではありませんわ!」
「ずいぶん楽しそうに話していますよ」
「お姉様!」
アリサの声が少しだけ子どもっぽくなりました。
その横で、弟が小さく頭を下げました。
「はじめまして。一ノ瀬さん」
「まあ、ご丁寧に。麗奈でよろしくてよ」
男の子は少し緊張しているらしく、姉のそばから離れようとしませんでした。
麗奈は一瞬考えたあと、少しだけ腰を落として目線を近づけました。
「わたくしも初めてのお屋敷で緊張していますの。ですから、お互いさまですわね」
男の子は驚いたように目を上げ、それから小さく笑いました。
「はい」
「麗奈さん、子どもの扱いには慣れていますのね」
アリサが不思議そうに言いました。
「田舎では年下の子も多く――」
麗奈の言葉が止まりました。
「田舎?」
「何でもありませんわ!」
麗奈は勢いよく立ち上がりました。
姉は何も追及せず、ただ柔らかく微笑んでいました。
「では、まずは中をご案内しましょうか」
「わたくしが案内しますわ」
アリサが姉より先に麗奈の隣へ立ちました。
「お姉様は弟をお願いします」
「はいはい」
姉の返事が、妙に楽しそうでした。
麗奈はその様子を見て、アリサへ顔を寄せました。
「お姉様には頭が上がらないようですわね」
「そのようなことはありませんわ!」
「声が大きいですの」
「麗奈さんのせいでしょう!」
本邸の広い玄関に、アリサの声がよく響きました。




