第62話:この町のお嬢様ですわ!
屋敷へ越してきたころ。
近所の方々は、わたくしを遠くから眺めるだけでした。
古い屋敷。
毎日ドレスを着た住人。
巨大な犬。
話しかけづらかったのでしょう。
ですが最近では、門を出るたびに声をかけられます。
「麗奈ちゃん、おはよう」
「ごきげんよう」
「ノアちゃん、今日も大きいねえ」
「昨日より大きくなった気がしますの」
「それは困るねえ」
回覧板を届けたおばあさまからは、また菓子をいただきました。
町内会長からは、次の防災訓練の日程を教えられました。
公園では、先日会った子どもたちが遊んでいます。
「麗奈お姉ちゃん!」
「何ですの?」
「あのお屋敷のお嬢様なんでしょ?」
わたくしは、門の向こうに見える屋敷を振り返りました。
まだ直していない場所もあります。
地下通路も、離れも、温泉も。
知らないことばかりです。
それでも、あの屋敷はわたくしの家です。
「ええ」
わたくしは子どもたちへ向き直りました。
「あの屋敷に住んでいる、一ノ瀬麗奈ですわ」
「じゃあ、今度のお祭りも来る?」
「もちろんですの」
「草むしりも?」
「それはもう終わりましたわ!」
「次はごみ拾いだって」
「聞いていませんの!」
子どもたちが笑いました。
わたくしも、少しだけ笑います。
「麗奈お姉ちゃん、ノアと遊んでいい?」
「一人ずつですの。急に抱きついてはいけませんわよ」
ノアが子どもたちに囲まれ、嬉しそうに尻尾を振ります。
少し離れたところでは、小春がこちらを見ていました。
「すっかり町の人ですね」
「最初から住民ですわ」
「前は、近所の人に声をかけられただけで固まってましたけど」
「慣れただけですの!」
それは本当です。
以前なら、知らない方に囲まれるだけで逃げたくなっていました。
今は、全員の名前までは覚えていませんけれど、挨拶くらいできます。
「お嬢様」
「何ですの?」
「次のごみ拾い、朝七時半からだそうです」
「……七時半」
「起きられます?」
わたくしは少し考えました。
「起こしなさい」
「自分で起きないんですか?」
「地域活動には、使用人との連携も必要ですの!」
この町のお嬢様になるには、まず早起きを克服する必要がありそうですわ。




