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第55話:回覧板を届けますわ!

 町内会の集まりで預かった回覧板。


 確認欄へ印をつけ、次のお宅へ届けることになりました。


「すぐ隣の佐々木さんのお宅です」


「分かっていますわ」


 回覧板を抱え、小春と一緒に屋敷を出ます。


 届けるだけです。


 何も難しいことはありません。


 門から数分歩いたところに、小さな平屋がありました。


 呼び鈴を押すと、腰の曲がったおばあさまが出てきます。


「はいはい。なにかしらお嬢さん」


「ごきげんよう。回覧板をお持ちしましたの」


「あらまあ」


 おばあさまは回覧板ではなく、わたくしの顔をじっと見ました。


「あのお屋敷のお嬢さんやねえ」


「ええ。一ノ瀬麗奈ですわ」


「まあまあ、可愛らしい子やこと」


「……ありがとうございます」


「髪も綺麗にして。お人形さんみたいやねえ」


「そ、そのように見つめないでくださる?」


「細いけど、ちゃんとご飯食べてる?」


「食べていますわ」


「ほんとうに?」


「本当ですの」


 なぜか、普段のように胸を張れません。


 おばあさまはわたくしの手を取り、家の中へ招きました。


「お茶だけでも飲んでいき」


「いえ、回覧板を届けに来ただけですので」


「遠慮せんでええよ」


「……では、少しだけ」


 小春が隣で、楽しそうにこちらを見ています。


「何ですの?」


「何でもありません」


 居間へ通されると、お茶と煎餅が出てきました。


 さらに、みかん。


 饅頭。


 持ち帰り用の菓子袋。


「こんなにいただけませんわ」


「若い子はいっぱい食べたらええんよ」


「ですが」


「麗奈ちゃんは遠慮する子やねえ」


「麗奈ちゃん……」


 その呼び方に、胸の奥が少しくすぐったくなりました。


 おばあさまは、昔の屋敷についても少し知っていました。


 庭の奥から白い湯気が上がること。


 以前の住人は、離れをほとんど使っていなかったこと。


 昔は屋敷の庭で、小さな催しが開かれていたこと。


「今は明るくなったねえ」


「明るく?」


「前はずっと静かやったから。犬の声も聞こえるし、若い子が住んでる方がええわ」


「……そうですの」


「また顔見せに来てな」


 帰り際、おばあさまは菓子袋をわたくしへ持たせました。


「ありがとうございます」


「ええ子やねえ」


 頭を撫でられそうになり、少し身を引きかけました。


 けれど、やめました。


「……また、参りますわ」


 帰り道。


「ずいぶんおとなしかったですね」


 小春が申しました。


「あの方が、勝手に世話を焼くんですの」


「嫌でした?」


「……嫌とは申していませんわ」


 菓子袋は、小春に持たせず、自分で屋敷まで持ち帰りました。

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