第25話:馬車でお出かけしますわ!
「自動車では、情緒がありませんの」
ある朝。
わたくしは、屋敷の前へ停められた馬車を見上げました。
黒く輝く車体。
金色の装飾。
二頭の立派な馬。
「お嬢様、本当にこちらで向かわれるのですか?」
橘が確認します。
「当然ですわ。お嬢様の移動手段といえば馬車でしょう?」
本日の目的地は、街の中心部。
自動車なら三十分ほどです。
「出発ですわ!」
馬車はゆっくりと走り始めました。
道行く人々が振り返ります。
スマートフォンを向ける者までいます。
「注目されていますわね」
「かなり目立っています」
「当然ですの!」
ですが。
信号で止まり。
狭い道を迂回し。
馬が道端の草へ興味を示し。
後ろには車の列ができました。
「まだ着きませんの?」
「出発から一時間です」
「自動車なら?」
「到着しております」
「急ぎなさい!」
「それは馬にお伝えください」
さらに三十分。
ようやく街へ入りました。
ところが、馬車を停められる場所がありません。
「お嬢様、目的地の前には停車できません」
「では、近くへ」
「近隣にもございません」
「お嬢様を歩かせるおつもり!?」
結局、目的地から二十分離れた場所で降りることになりました。
買い物を終えたころには、日が傾いています。
「帰りも馬車を呼びますか?」
橘が尋ねました。
「当然でしょう?」
わたくしは、遠くに停まっている馬車を見ました。
次に、目の前を通ったタクシーを見ます。
「……本日は馬を休ませますの」
「かしこまりました」
帰り道。
タクシーの座席は、とても快適でした。
馬車は、特別な日にだけ使うことにしますの。




