第15話:我が家でお茶会ですわ!
アリサを我が屋敷へ招く日が、とうとうやって来ました。
「完璧ですわ……!」
わたくしは応接室の中央に立ち、満足げに室内を見回しました。
真新しい白い壁。
金色の装飾。
大理石風の柱。
優雅な暖炉。
三日前まで、壁にはひびが入り、天井から雨水が落ちていた部屋とは思えません。
「まさか、部屋の中にもう一部屋を造らせるとは思いませんでした」
橘が申しました。
「屋敷全部を直す時間がないのでしたら、見せる部屋だけ完璧にすればよろしいのですわ」
壁の前に、新しい壁。
天井の下に、飾り天井。
古い窓の前には、薔薇園の景色を貼った偽物の窓。
壊れた暖炉の前には、立派な張りぼての暖炉。
これぞ、財力による解決ですの。
「ただ、工期が三日しかなかったため」
橘が壁の端を見ます。
壁紙が、ほんの少し浮いていました。
「細部には触れさせないようお願いいたします」
「触れさせなければよろしいのですわ!」
そのとき、玄関の呼び鈴が鳴りました。
「九条院様がお見えです」
「来ましたわね」
わたくしは扇子を開き、背筋を伸ばしました。
本日は我が家。
負ける要素などありませんの。
「ごきげんよう、一ノ瀬さん」
応接室へ入ってきたアリサは、淡い桃色のドレスを身につけていました。
室内を見回し、少しだけ目を見開きます。
「まあ。ずいぶん綺麗なお部屋ですのね」
「当然でしょう?」
「先日伺った噂では、かなり古いお屋敷だと」
「古さと美しさは両立しますの」
アリサが壁へ近づきました。
まずいですわ。
「そちらより、こちらのお席へどうぞ!」
「この壁紙、少し浮いていませんこと?」
「立体加工ですの!」
「触っても?」
「なりませんわ!」
思わず大声が出ました。
アリサが怪訝そうにこちらを見ます。
「非常に繊細な加工ですの。手の熱で傷みますわ」
「まあ。高級品なのね」
「当然ですわ!」
危ないところでした。
席へ着くと、小春が紅茶と菓子を運びます。
アリサはカップを手に取りながら、部屋を見回しました。
「立派な暖炉ですこと」
「特注品ですの」
「火は入れませんの?」
「本日は暖かいですから」
「少し肌寒いですわ」
「気のせいですの!」
あの暖炉は偽物です。
火など入れれば、屋敷ごと燃えますわ。
そのとき。
アリサが落としたハンカチが、暖炉の前へ滑りました。
「あら」
「わたくしが拾いますわ!」
急いで立ち上がりましたが、一歩遅い。
アリサが暖炉へ手を伸ばし、少し体重をかけました。
ぐらり。
暖炉全体が前へ傾きます。
「……動きましたわよ?」
「可動式ですの!」
「暖炉が?」
「この暖炉は掃除しやすいようになっているのですわ!」
橘が自然な動きで暖炉を支え、元の位置へ戻しました。
「最新式でございます」
「そうですのね」
アリサは納得したような、していないような顔で席へ戻りました。
わたくしは小さく息を吐きます。
まだです。
まだ何もバレていませんの。
「ところで、一ノ瀬さん」
アリサが窓の外を眺めました。
「見事な薔薇園ですわね」
「ええ。我が家自慢の庭園ですの」
「ですが」
アリサが首を傾げます。
「鳥が一羽も動きませんわ」
窓の外に見える薔薇園は、印刷された背景です。
「本日は風がありませんの」
「雲も止まっていますわ」
「穏やかな日ですの!」
その瞬間。
壁紙の端が、ゆっくりと剥がれました。
べり。
裏側から、古いひび割れた壁が姿を現します。
応接室が静まり返りました。
「……一ノ瀬さん」
「何ですの?」
「壁の向こうに、また壁がありますわ」
「当然でしょう?」
「当然?」
わたくしは扇子を広げ、顎を上げました。
「わたくしが本気を出せば、この程度たやすいことですの」
「三日で?」
「三日もあれば十分ですわ」
「壁紙が剥がれていますけれど」
「完成直後ゆえ、まだ馴染んでいないだけですの」
「この柱も、少し揺れていますわ」
「遊び心ですわ」
アリサはしばらく、わたくしを見つめていました。
やがて、扇子で口元を隠します。
「ふふっ」
「笑いましたわね!?」
「いいえ。ずいぶん変わった応接室ですこと」
「凡庸な部屋では、わたくしにふさわしくありませんもの」
「そうですわね」
絶対に気づいていますの。
それでも、アリサはそれ以上何も言いませんでした。
紅茶を一口飲み、少しだけ楽しそうに目を細めます。
「また伺っても?」
「仕方ありませんわね」
わたくしも紅茶を口にしました。
「次は、さらに驚かせて差し上げますわ」
張りぼての応接室。
完璧なお茶会とは、少し違いましたけれど。
次の約束だけは、本物になったのでした。




