第14話:お茶会という名の決戦ですわ!
ついに、お茶会当日。
わたくしは九条院家の門前で、静かに息を整えていました。
「お嬢様、肩に力が入りすぎです」
隣に立つ橘が申します。
「入ってなどいませんわ」
「扇子が曲がっています」
見ると、握りしめすぎた扇子が少し歪んでいました。
「これは戦闘用ですの」
「お茶会です」
「お茶会という名の決戦、同じようなものですわ!」
この一週間。
紅茶の種類。
焼き菓子の名前。
カップの持ち方。
ナプキンの扱い方。
小春と橘に、お嬢様マナーについて徹底的に叩き込まれました。
完璧ですわ。
おそらく。
「ごきげんよう、一ノ瀬さん」
庭園の奥で、アリサが待っていました。
淡い水色のドレスに、大きなリボン。
背後には、見事に整えられた薔薇園。
雑草一本ありません。
「ご、ごきげんよう」
「少し声が震えていましてよ?」
「風ですの」
「今日は無風ですわ」
開始早々、腹立たしいですの!
席に案内されると、目の前に銀のティーセットが並びました。
アリサが自ら紅茶を注ぎます。
「こちら、どこの茶葉かお分かり?」
さっそく来ましたわね。
香りを確かめるふりをします。
ダージリン。
アッサム。
アールグレイ。
習ったものは三種類。
ですが、どれか分かりません。
背後に控える橘が、そっと自分の耳へ触れました。
耳。
イヤー。
アール……。
「アールグレイですわ!」
「まあ。正解ですの」
あ、危なかったですわ。
続いて、皿の上に小さな焼き菓子が置かれました。
「こちらは?」
丸い。
少し焦げている。
見覚えはあります。
ですが、名前が出てきません。
橘は動きません。
小春も今日は同行していません。
自力で答えるしかありませんわ。
「これは……」
「これは?」
「焼いたものですわ」
「見れば分かりますの!」
アリサが思わず声を上げました。
その瞬間。
アリサの手がカップへ当たり、紅茶が少しだけこぼれました。
「あっ」
アリサの顔が固まります。
わたくしも見ました。
アリサも、わたくしを見ました。
数秒の沈黙。
「……見ませんでしたわ」
「そ、そう」
「ですから、先ほどの焼き菓子についても」
「聞かなかったことにしますわ」
交渉成立ですの。
わたくしたちは何事もなかったように紅茶を飲みました。
「それにしても」
アリサが、わたくしのカップを見つめます。
「ミルクは後から入れる派なのね」
「ええ。当然ですわ」
本当は、どちらでも構いません。
「我が家では先ですの」
「そうですのね」
「何かご意見は?」
「ありませんわ」
「逃げましたわね?」
「争いを避けるのも、淑女の務めですの!」
アリサは少し悔しそうに口を尖らせました。
ですが、すぐに扇子で口元を隠します。
「まあ、本日は引き分けとして差し上げますわ」
「こちらの台詞ですの!」
「では次回、一ノ瀬家でお茶会を」
「えっ」
わたくしの声が止まりました。
雨漏りする屋敷。
傾いた絵画。
雑草だらけの庭。
昨日また壊れた玄関扉。
「まさか、都合が悪いのかしら?」
「そんなことありませんわ!」
また反射的に答えてしまいました。
「では、楽しみにしておりますわ」
アリサは満足そうに微笑みます。
帰りの車の中。
わたくしは橘に言いました。
「橘」
「はい」
「屋敷を三日で完璧に直しなさい」
「お嬢様、それは不可能です」
「では、完璧に見えるようにしなさい!」
お茶会という名の決戦。
第一戦は、どうにか引き分け。
ですが次は。
我が家が戦場ですわ。




