お姉様方vsヤンデレ
ーー 一方 ーー
「ええと、特売の卵が二つに、新鮮なオーク肉が……」
数日後。迷宮都市の市場で、僕は『星詠みの戦乙女』の皆に頼まれた夕食の買い出しをしていた。あの大金を手に入れてからも、僕たちの関係性は変わらない。僕は相変わらず、彼女たちの専属サポーターとして平和な日常を噛み締めていた。
「……ああっ、見つけましたよ、私のアレン!」
「えっ?」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこには息を切らした僧侶——ミランが立っていた。
かつてのトラウマがフラッシュバックし、僕の身体がビクッと強張る。
「ミ、ミランさん……どうしてここに……」
「ああ、可哀想なアレン。でももう安心ですよ。私はあなたのために、あの馬鹿な勇者たちを捨ててきました。さあ、私と一緒に来なさい。また私が一から、あなたが私なしでは生きられないように……いえ、立派な冒険者になれるように、優しく指導してあげますから」
有無を言わさぬ圧力で僕を引きずり込もうとするミラン。
その時だった。
「そこまでよ、泥棒猫!!」
ドォォン! と、地響きを立てて白銀の騎士——エリアリアさんがミランと僕の間に割って入った。
彼女は剣の柄に手をかけ、まるで高段位の剣士が用いる洗練された『三段・四段の形』のような、隙のない圧倒的な構えでミランを牽制する。その後ろには、殺気を放つリティとセレナも控えている。
「あら……。あなたたちは?」
「私たちはアレンの現在のパーティーよ! 嫌がっている彼を無理やり連れて行こうだなんて、万死に値するわ!」
しかし、ミランは全く動じることなく、鼻でふっと笑った。
「笑わせないでください。ぽっと出のメス豚共が、アレンの何を理解しているというのですか?」
「なっ……なんですって!?」
「いいですか? 私は、彼が野営の準備から帳簿管理まで、週にきっちり38時間45分、限界の法定労働時間ギリギリまで私に尽くしてくれていたその数字を完全に把握しているんです! 私がわざと現金出納帳の数字をズラしたとき、彼が自腹で補填しようか涙目で悩む姿がどれほど美しかったことか!」
もはやただのサイコパスの告白だったが、ミラン本人は「どうですか私の愛は!」と勝ち誇っている。
しかし、戦乙女たちも負けてはいなかった。
「はっ、過去のブラックな栄光にすがりつく哀れな女ね! アレンは今、私たちに最高級のフルコースを毎食作ってくれているわ! 昨日の夜なんて、私のガチガチの肩をたっぷり揉みほぐしてくれたのよ!」
「そうだよ! アレンの淹れるお茶、すっごくいい香りなんだから! それにダンジョンじゃ常に私の背後から優しくサポートしてくれるし、歩き疲れたらおんぶだってしてくれるんだからね!」
エリアリアさんとリティが、ババァン! と胸を張ってマウントを取り返す。
ミランの額に青筋が浮かんだ。
「ギ、ギリィッ……! 甘やかしてどうするんですか! アレンは底辺の無能として虐げられている時が一番輝くんです!」
「ハア⁈私たちにたっぷり甘やかされて、照れて顔を真っ赤にしている時の方が100万倍可愛いに決まってるでしょ!!」
道のど真ん中で、火花を散らすヤンデレ僧侶と過保護な戦乙女たち。
物理的な武器や魔法は一切使われていないのに、周囲の通行人が恐れをなして道を空けていくほどの凄まじい精神的プレッシャーのぶつかり合いだ。
「あ、あのー……」
僕は耐えきれず、そっと手を挙げた。
「僕、帳簿の数字で遊ばれるのも、過剰に甘やかされるのも、どっちの扱いもちょっとどうかと思うんですけど……」
「「「「アレンは黙ってて(なさい)!!」」」」
4人の凄まじい声が完全にハモり、僕はビクッと首をすくめた。
どうやら、彼女たちの「誰が一番アレンを深く理解しているか」の決着がつくまで、僕の人権が回復する見込みはないらしい。
かつてのパーティーの呪縛からは解放されたけれど、どうやら僕は、別の意味でとんでもない魔境に足を踏み入れてしまったようだった。
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