許されざる罪
視界が晴れると、僕たちはむせ返るような緑の匂いに包まれた、深い森の中に立っていた。
「ここは……」
顔を上げた僕の視線の先に、不思議な光景が広がっていた。
木漏れ日が差し込む獣道の真ん中に、一匹の生き物が佇んでいる。鹿のようなしなやかな体躯を持ちながら、その顔は猿によく似ている。そいつは、じっとこちらを見つめていた。
「あれは……」
「山神だよ」
いつの間にか僕の隣の木の枝に降り立っていたルウさんが、静かに教えてくれた。
「奴がこの森に結界を張っているから、人間たちは本格的にはここへ入って来られないのだ。……母さん、来てくれたのね」
「ああ、ルウ。迎えに来たよ」
巨大な白い狼と、刺青の入った獣人の女性。
種族も姿も違うけれど、二人が寄り添う姿には、確かな親子の絆が感じられた。
「これからは、共にこの森を守ろう。そこのアレンと共に、家族三人でな」
フェンリルさんがニヤリと僕を見て言う。ルウさんも「ふふ、それもいいな」と満更でもない顔をしている。
「いやいや、待ってください! 僕は迷宮で待っている人たちが——」
僕が慌てて両手を振って断ろうとした、その時だった。
——パーーンッ!!
静寂に包まれた森に、似つかわしくない無機質な破裂音が響き渡った。銃声だ。
「えっ……」
僕が振り返ると、先ほどまで静かにこちらを見つめていた山神が、首から血を流してどさりと地に倒れ伏していた。
「山神……っ!」
「チッ、結界のほころびを狙って入り込んだ密猟者か……!」
ルウさんの顔から余裕が消え、野生の捕食者の顔つきに変わる。
フェンリルさんの青い瞳にも、冷たい怒りの炎が灯った。
二人は僕を置いて、銃声がした茂みの奥へと弾かれたように飛び出していった。
「あ、待って!」
「やったぞ! 山神を仕留めた! これでこの森は俺たちの……ヒィッ!? な、なんだお前ら、化け狼がどうしてこんな所に——ギャアアアアアッ!!」
奥から聞こえてきた人間のくぐもった叫び声と、短い悲鳴。
そして、森は再び、何事もなかったかのような静寂を取り戻した。
数分後。
茂みを掻き分けて戻ってきたフェンリルさんとルウさんは、どこか悲しげな目をしていた。口元に血はついていなかったけれど、何が起きたかは容易に想像がつく。
「……アレン」
フェンリルさんが、低く静かな声で言った。
「もう、ここには『人間』を置いておくことはできなくなった。お前がどれだけ善良でも、この森の住人たちは、今日から人間をひどく警戒するようになる」
「フェンリルさん……」
「いろいろと世話になったね。お前には感謝しているよ。さあ、ルウ、行くぞ」
フェンリルさんが僕の足元に魔法陣を展開する。迷宮へ戻るための転送陣だ。
光が僕の体を包み込み始める中、ルウさんが少しだけ名残惜しそうに微笑んで、僕の頬に手を添えた。
「アレン。お前の作ったご飯、美味しかったぞ。……たまには、私に会いに来てね」
「ルウさん……うん、またいつか」
僕が手を振り返した直後、視界が真っ白な光に染まった。
山神の森の緑も、大きな白狼も、美しい獣人の姿も消え去り……。
——ドスンッ。
僕は再び、ひんやりとした石の床の上にお尻餅をついた。
見上げると、そこはフェンリルさんに会った氷の空洞ではなく。スライムに丸呑みにされた、あの薄暗い第一層の通路だった。
「アレンッ!?」
「アニチャン!!」
すぐ横から、聞き慣れた声が一斉に響く。
振り返ると、僕が消えてからずっとこの周辺を探し回っていたらしい、エリアリアさんたちやゴウ、クオンたちの姿があった。全員、心配のあまり顔を青ざめさせ、武器を握る手は小刻みに震えている。
「みんな……ただいま」
僕が苦笑しながら手を振ると、過保護なヒロインたちとモフモフの妖怪たちは、ほっとしたような、それでいて少し怒ったような顔をして、一斉に僕の元へと飛びかかってくるのだった。
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