転送モンスター
西の大陸の奥深く、鬱蒼とした森にぽっかりと口を開ける巨大な地下迷宮。
その最奥に、大妖フェンリルが座しているという。
僕たちは隊列を組み、慎重に薄暗い地下へと足を踏み入れた。
前衛にエリアリアさんとゴウ、中衛にリティさんとクオン、後衛にセレナさんとミランさん。僕とカザネ、レンは皆に守られるように陣形の中央にいる。
しかし、迷宮探索は序盤から思わぬ難航を見せていた。
「第一層から、ずいぶんと骨のある魔物が出るのね……!」
エリアリアさんがサソリの魔物に剣を弾かれ、苦しげに息を吐く。
現れるのは、鋼のように硬い甲殻を持つ巨大なサソリや、魔法を容易く弾き返す特殊な鱗を持ったトカゲの群れ。
第一層とは思えないほど手強い魔物たちに阻まれ、僕たちの歩みは遅々として進まなかった。
「クオン! 右から来るわ、炎で牽制を!」
「人間の小娘に指図される筋合いはないが……今は仕方あるまい!」
ゴウが岩の魔物を殴り飛ばし、リティさんが双剣で撹乱する。凄腕の冒険者と大和国の妖怪たちが力を合わせているのに、魔物たちの数と異常なタフさに手を焼いてしまう。
「皆、ポーションです! 武器の予備も出しますね!」
僕は後方で【限定空間収納】を開き、慌ただしく回復薬を手渡したり、刃こぼれした武器を交換したりと、サポートに奔走していた。
その時だった。
皆が正面の強敵に気を取られていた、ほんの一瞬の隙。
激しい戦闘の音に紛れて、僕の背後の空間が、音もなくぐにゃりと歪んだ。
「シュルッ!? アレン、後ろじゃ——!」
首元にいたカザネが鋭く叫び、足元でレンが飛びかかろうとした、まさにその瞬間。
ぬらりとした半透明の、巨大なスライムのような魔物が、天井から音もなく降ってきた。
「えっ?」
声を上げる間もなかった。
ぽすんっ、と。僕はその生温かいゼリー状の体内に、頭からすっぽりと丸呑みにされてしまったのだ。
「アレン!?」
エリアリアさんの悲痛な叫び声が、迷宮に響き渡った。
「アニチャンを吐き出せェェ!!」
「おのれ、よくも妾の膝枕係を!」
さっきまで苦戦していたのが嘘のように、前衛の魔物たちごと、怒り狂った八人の一斉攻撃がスライムに叩き込まれた。
凄まじい轟音と共に、スライムは悲鳴を上げる間もなく跡形もなく消し飛ぶ。
しかし。
魔物が弾け飛んだ後に残されたのは、僕が直前まで持っていた回復薬の空き瓶だけだった。
「……嘘、でしょ」
リティさんが、震える手で空き瓶を拾い上げる。
「空間転移系の魔物ですわ……。飲み込んだ獲物を、消化するために迷宮のどこかへランダムに飛ばす、とても厄介な種類……」
セレナさんが杖を握りしめ、青ざめた顔で呟く。
「オデの、アニチャンが……」
「アレン……どこへ行ってしまったの……ッ」
過保護なヒロインたちと、アレンを慕う妖怪たちが、血の気を失って立ち尽くす。
迷宮の入り口に取り残された彼らの間に、これまで味わったことのないような焦りとパニックが広がろうとしていた。
一方、その頃。
「いたたた……」
僕は、ひんやりと冷たい見知らぬ石の床の上で目を覚ました。
周りを見渡しても、頼もしいお姉さんたちも、賑やかなモフモフたちもいない。薄暗い松明の火だけが、不気味な石造りの通路を照らしている。
「ここは……迷宮のどこか、みたいだね」
誰の助けもない、たった一人でのサバイバル。
僕はそっと息を吐き、自分を奮い立たせるように、ゆっくりと立ち上がった。
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