帰還
『深緑の迷宮』から無事に帰還した僕たちは、近くの街にある冒険者ギルドへと足を運んでいた。
ダンジョンの奥で、あの巨大な『アビス・ベヒーモス』を倒した――いや、僕のスキル【限定空間収納】で空間ごと切り取ってしまった後、何とかその胸の奥から転がり出た魔石を回収していたのだ。
「あの……すみません。こちら、買い取りをお願いしたいのですが……」
僕が受付のカウンターにコト、と置いたのは、禍々しい紫色の光を放つ、大人の頭ほどもある巨大な魔石だった。
それを見た若い受付嬢の女性は、一瞬で顔を真っ青に染め、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
「こ、これは……災厄指定の……っ!? お、お待ちください! すぐにギルドマスターを呼んできますっ!」
脱兎のごとく奥へ走っていく受付嬢。
周囲にいた他の冒険者たちも、その魔石から漂う圧倒的なプレッシャーに気づき、ギルド内がにわかに騒がしくなり始める。
間もなくして、奥から恰幅のいい、強面の厳格そうなギルドマスターが現れた。
彼は魔石を一瞥するなり、鋭い目を僕たちに向けた。
「……『星詠みの戦乙女』だな。事情を聞きたい。奥の部屋へ来てくれ」
通された応接室で、僕たちは重苦しい沈黙のなかにいた。
難しい顔でパイプをくわえるマスターを前に、リーダーのエリアリアさんが、迷宮の最下層で起きたことを正直に話し始める。
「本来の主ではない、アビス・ベヒーモスが突如現れたこと。そして――私たちの絶体絶命の危機を、アレンのスキルが救ってくれたことです」
「……なるほど。指定した空間を問答無用で切り取る、か。信じがたい話だが、持ち込まれたコアを見れば嘘を言っているとは思えん」
マスターは腕を組み、うなるように息を吐き出した。
「本来なら、あの浅い階層にあれほどの化け物がいるはずがないのだ。これは……もしかしたら、誰かが意図的に魔物を配置した、人為的なものかもしれない」
「人為的、ですか……?」
僕が首をかしげると、マスターは真剣な眼差しで僕たちを見つめた。
「ああ。裏で何か不穏な動きがある。そこでだ……お前たち、できればこの街のギルドを拠点にして、引き続き活躍してくれないか? 調査を進めつつ、何か不審な情報があれば上げてほしい。もちろん、報酬は通常の倍以上、たっぷり弾むことを約束しよう」
エリアリアさんは他のメンバーと視線を交わし、力強く頷いた。
「もちろんです。私たちを、そしてアレンを温かく迎えてくれたこの街の危機なら、喜んで力を貸しますわ」
「僕も、微力ながら皆さんのお手伝いをさせていただきます」
僕たちの快諾に、マスターはホッとしたように表情を緩めた。
ひとまず話し合いを終え、精算のために受付へと戻った僕たちは、提示された買い取り金額を見て全員でフリーズすることになった。
「……っ!? ぜ、ゼロが……何個並んでるの、これ……!?」
「見たこともないような桁の金額ね……。一生、遊んで暮らせるんじゃ……」
斥候の少女と魔女の女性が、目を丸くして震えている。
アビス・ベヒーモスのコアは国宝級の価値があり、その金額は金貨の山で、普通の宿屋なら数百年は貸し切りにできるほどの莫大な額だった。
「アレン。この報酬は、すべてあなたが受け取るべきよ」
エリアリアさんが、真剣な顔でその莫大な金額が書かれた預金手形を僕に差し出してくる。
「えっ!? そんな、滅多なことを言わないでください! 僕はただの雑用係ですよ!?」
「何を言っているの。あの化け物を倒したのはアレンの力よ? 私たちはただ守られるだけだったわ。だから、これは全部あなたのものよ」
「そうです! アレン君が全部もらって!」
メンバー全員がコクコクと頷き、僕に全額を押し付けようとしてくる。
だが、おっとりしていると言われる僕でも、これだけは絶対に譲れなかった。
「ダメです。エリアリアさんたちが最前線で戦って、僕をあそこまで連れて行ってくれたからこその成果です。それに、僕をパーティーに入れてくれた恩もあります。これは絶対に、四等分にするべきです!」
「でも、アレン……」
「四等分にしないなら、僕は一枚も受け取りません。ご飯も作りませんし、皆さんの肩も揉みませんからね!」
ぷくーっと頬を膨らませて抗議する僕を見て、彼女たちは一瞬呆気に取られた後、ふっと困ったように、けれど愛おしそうに微笑んだ。
「……ふふ。本当に欲のない人ね。分かったわ、アレンがそこまで言うなら、お言葉に甘えて四等分にしましょう。その代わり、これからもずっと、私たちの専属でいてね?」
「はい! もちろんです!」
無事に折れてくれたメンバーと報酬を分け合い、僕はホッと胸をなでおろした。
「さあ! 命拾いもしたし、大金も入ったんだから、今夜は盛大にお祝いよ!」
「アレン君、今日は何でも好きなもの食べていいからね!」
「あはは、ありがとうございます。じゃあ、お肉料理をたくさん頼みましょう!」
冒険の後の酒盛り。
僕たちは街で一番賑やかな居酒屋へと繰り出し、エールのグラスを掲げて、夜が更けるまで笑い声を響かせた。
(前の勇者パーティーにいた頃は、こんな風に笑い合えるなんて思いもしなかったな……。ここが、僕の新しい居場所なんだ)
温かい料理を食べながら、僕は心から幸せを噛み締めていた。
そのころ……元勇者パーティーのミランが、狂気的な執念で僕の行方を血眼になって探していることなど、今の僕はまだ、知る由もなかった。




