最強の牙
『深緑の迷宮』の下層。
本来ならばこのダンジョンに現れるはずのない、規格外のイレギュラーな存在。災厄指定されるほどの超常の魔物——『アビス・ベヒーモス』が、僕たちの前に姿を現したのだ。
「ぐっ……ああっ!」
女騎士のエリアリアさんが吹き飛ばされ、自慢の白銀の鎧が砕け散る。
斥候のリティは足をやられて動けず、魔女のセレナもすでに魔力が底を突き、杖を支えにして辛うじて立っている状態だった。
「逃げ、て……アレン……せめて、あなただけは、その間はなんとか……」
「ダメです! エリアリアさんたちを置いていくなんて、僕にはできません!」
血を吐きながら叫ぶ彼女達の前に、僕は震える足で立ち塞がった。
武器なんて持っていない。戦い方なんて知らない。僕が前に出たところで、1秒の稼ぎにもならないことは痛いほど分かっていた。
それでも、僕に人としての温かさを、居場所をくれた彼女たちを見捨てることなんて、絶対にできなかった。
「グルルルルォォォォォォォッ!!」
アビス・ベヒーモスが、巨大な腕を振り上げる。
その絶望的な質量が、僕たち全員を押し潰そうと迫り来る中——僕はせめてもの抵抗にと、両手を前に突き出し、無意味と知りながら自らの唯一のスキルを叫んだ。
「——【限定空間収納】ッ!!」
せめて、あの爪の先だけでも収納空間に逸らせれば。
そんな祈りは、次の瞬間、想像を絶する光景によって塗り替えられた。
—スッ。
一切の音もなく。僕の目の前で、信じられないことが起きた。
振り下ろされようとしていたアビス・ベヒーモスの巨大な腕から胸の中心にかけて。
まるで神様が定規で切り取ったかのように、『ピッタリ縦横高さ1メートルの立方体』の空間が、消失していたのだ。
「……え?」
硬度も、魔法耐性も、一切関係ない。
『指定した1立方メートルの空間そのものを、問答無用で亜空間へ切り取る』する。
それこそが、僕の持つスキルの裏に隠された、真の力だった。
核ごと胸を綺麗にえぐり取られた巨獣は、声を発することすらできず、グラリと傾き——地響きを立てて絶命した。
「あ、アレン……? いまの、は……?」
「ぼ、僕にも何がなんだか……」
唖然とするエリアリアさんたちと、自分の両手を見つめる僕。
ただの無能な雑用係だった僕の力が、最強の牙を剥いた瞬間だった。
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