旅は道連れ世は情け
「ストーーップ!! そこで動かないで!!」
僕が【限定空間収納】から取り出した大きなお玉で、持っていたお鍋の底をカンカンッ! と叩くと、一触即発だった食堂の空気がピタリと止まった。
剣を振り上げかけたエリアリアさんも、狐火を浮かべたクオンも、目を丸くして僕を見ている。奥からは、大きなフライパンを構えたおかみさんが「店を壊したら弁償だからね!」と睨みを効かせていた。
「いいですか、落ち着いて聞いてください」
僕はテーブルの前に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「ゴウたちは、僕を洗脳なんてしていません。むしろ、旅の途中で僕を何度も助けてくれた、とても優しい仲間です。僕たちは今、このレンのパパとママを探すために、フェンリルという大妖に会いに行く途中なんです」
「親探し……?」
「キュイ」
エリアリアさんの呟きに合わせて、レンが僕の足元で小さく鳴いた。
ヒロインたちは顔を見合わせ、やがて少しずつ構えていた武器を下ろしていった。
「そう……そういうことだったの。あなたが優しすぎるから、また厄介な頼み事に巻き込まれたのかと思ったわ」
「巻き込まれたわけじゃありません。僕が自分から手伝いたいって言ったんです」
僕は真っ直ぐに彼女たちを見つめ直した。
「エリアリアさんたちも、ゴウたちも、みんな本当に良い人たちばかりです。だから、僕のためにここで争ったりしないでください。お願いします」
僕が深く頭を下げると、両陣営から「うっ……」と言葉に詰まるような声が漏れた。どうやら、僕のお願いは少しは効果があったらしい。
静まり返った食堂の中で、セレナさんがコホンと一つ咳払いをして、すっと前へ進み出た。
「事情は分かったわ。あなたがそう言うなら、剣は収めてあげる。……でも、アレン」
彼女は扇子を口元に当て、じっと僕を見つめた。
「その古龍の親探しが終わったら……ちゃんと、王都の私たちのお家に帰ってくるのね?」
その問いかけに、エリアリアさんも、リティさんも、ミランさんも、期待に満ちた瞳で僕を見つめてくる。
少しの沈黙の後、僕は小さく微笑んで頷いた。
「はい。皆さんがまだ、僕みたいなサポーターを必要としてくれるなら、喜んで帰ります」
「アレン……っ!」
「ただ」
嬉しそうに顔を綻ばせる彼女たちに、僕は横にいる大きな赤鬼やモフモフたちを指し示した。
「帰る時は、この子たちも一緒ですが」
「えっ」
ヒロインたちの顔が、見事なまでに引きつった。
「待って、アレン。それはどういう……」
「ゴウは僕の家族ですし、クオンやカザネもお世話が必要ですから。王都の家の裏庭、ゴウが寝るための大きな小屋を建てればなんとか……」
「ダメよ!」
リティさんが、バンッとテーブルを叩いて叫んだ。
「アレンは私たちのサポーターなんだから! アレンは、私たちのものだもん!」
「そうですわ! そのような得体の知れない者たちとアレン様をシェアするなんて、絶対に……いえ、とてもじゃないですが認められません!」
クラリスさんも声を荒げ、エリアリアさんも「あの子たちの言う通りよ」と頷いている。
相変わらず、彼女たちの愛情は少しばかり重たくて、独占欲が強い。昔なら、その気迫に押されて「す、すみません」と謝っていただろう。
けれど、大和国の旅を経て、少しだけ図太くなった僕は、冷めた紅茶を一口飲んでから、至極真面目な顔でピシャリと言い放った。
「ごめんなさい。僕は、誰のものでもありません」
「「「「……えっ?」」」」
「僕は僕です。皆さんの所有物じゃありません。もし、ゴウたちと一緒に帰るのが嫌なら、僕はフェンリルさんに会った後、この子たちと別の街で暮らします」
静かな、けれどはっきりとした僕の拒絶。
その瞬間、四人のヒロインたちは、まるで雷にでも打たれたように硬直した。
「あ、アレンに……フラれた……?」
「私が独占しようとしたから、嫌われた……!?」
「そんな、アレン様の淹れる紅茶がない生活なんて、私、明日には息を引き取ってしまいますわ……!」
「神に見放された……ああ、世界が色褪せていく……」
勝手に絶望の淵に沈み、膝から崩れ落ちていく四人。
その見事な落ち込みっぷりに、さっきまで威嚇していたクオンやゴウも、「お、おい、大丈夫か?」「なんだか可哀想になってきたのう」とドン引き……いや、同情の目を向けていた。
「嫌ってはいませんよ。ただ、僕にも譲れないものがあるってだけです」
僕が苦笑しながらフォローすると、エリアリアさんがハッと顔を上げ、泥だらけのまま僕の手にすがりついてきた。
「わ、分かったわ! 分かったから、別の街に行くなんて言わないで! ……親探しでもなんでも、私たちが手伝うから! だから見捨てないで!」
「ええっ、いいんですか?」
「リーダーがそう言うなら、私も我慢する……。アレンに嫌われるくらいなら、赤鬼と一緒に暮らす方がマシだもん……」
「仕方ありませんわね。王都の家の隣の敷地も買い上げて、魔物用の離れを建設しますわ」
あっという間に手のひらを返し、涙目で僕のご機嫌を伺ってくるヒロインたち。
なんだか立場が完全に逆転してしまった気がするけれど、彼女たちが剣を収めてくれたなら、それに越したことはない。
「ありがとう、皆さん。……ゴウ、クオン、いいかな?」
「お、おう。アニチャンがそう言うなら、オデは別にいいぞ」
「ふん。まあ、この小娘どもが役に立つかは分からぬが、荷物持ちくらいにはしてやろう」
こうして、ひどいすれ違いから始まった港町の修羅場は、僕の「お断り宣言」によって、なんとも締まらない形で幕を閉じた。
凄腕のヒロイン四人と、大和国の規格外なモフモフたち。
総勢九人(と数匹?)に膨れ上がった大所帯の合同パーティーは、おかみさんに謝罪してドリアの代金をしっかり支払った後、フェンリルを探すため、連れ立って西の街道へと歩き出すのだった。
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