すれ違いで修羅場
西の大陸の玄関口、活気あふれる港町の食堂。
潮の香りと魚介を焼く香ばしい匂いが漂うテラス席で、僕たちはのんびりとお昼ご飯の真っ最中だった。
「ほらゴウ、この港町名物のシーフードドリアだよ。熱いから気をつけてね」
「おうっ! アニチャンのメシじゃないけど、チーズがとろとろでうめえ!」
「クオンとレンには、白身魚の香草焼きね。カザネは……生のお魚の方がいい?」
「シュルル、わらわは少し塩を振ってもらえればそれでよいぞ」
僕の膝の上ではクオンが尻尾を揺らして魚をねだり、足元ではレンがフンスと鼻息を荒くして焼き魚にかぶりついている。
ゴウは巨大なスプーンで器用にドリアをすくい、僕の首元ではカザネがひんやりと巻きつきながら魚の切り身をついばんでいた。
今日も平和だ。これぞ理想の生活である。
——その時、食堂の木扉が「バンッ!」と激しい音を立てて開かれた。
「ハァ、ハァ……っ。船着き場の連中が、ここに黒髪の少年がいるって……」
入り口に立っていたのは、ボロボロのマントを羽織り、肩で息をする四人の女性たち。
泥と埃にまみれ、何日も寝ていないような深い隈を作った彼女たちは——まぎれもなく、かつて僕が所属していたパーティーの面々だった。
「えっ……? エリアリアさん? それに、セレナさんも、みんな……」
僕が驚いて声を上げると、四人の視線が一斉にこちらを向いた。
そして、僕の周りを囲むゴウ(巨大な赤鬼)、クオン(九尾の狐)、レン(白い古龍の幼生)、カザネ(白蛇)を見た瞬間、彼女たちの顔からスッと血の気が引いた。
「ア、アレン……ッ!」
エリアリアさんが、悲痛な叫び声を上げた。
「なんという事……! こんな恐ろしい魔物たちに囲まれて……辛かったわね、アレン!」
「えっ?」
彼女の目には、僕の現状が『獰猛な魔獣どもに捕らわれ、無理やり餌を与えさせられている哀れな人質』に映ったらしい。
「ひどいわ……。見て、あの子、恐怖で顔が引きつっているわよ……!」
「あんな巨大な赤鬼に睨まれたら、アレン様のような繊細な方は息をするのもやっとのはずですわ!」
「かわいそうに……私たちがいない間に、あんな魔物たちの巣窟に落ちてしまうなんて……」
リティさんが涙ぐみ、クラリスさんがハンカチを噛み締め、ミランさんが祈るように手を組む。
僕の顔が引きつっているのは、魔物が怖いからではなく、彼女たちのあまりにもボロボロな姿に引いているだけなのだが。
(すごい……よっぽど過酷な討伐クエストの帰りなのかな。僕みたいな雑用係が抜けたせいで、優秀なポーターが入っても苦労してるんだな……)
僕は勝手にそう解釈し、少し申し訳ない気持ちになった。
「あの、皆さん、お疲れみたいですね。討伐、大変だったんですね……」
「……ッ! アレン!」
僕が気遣うように声をかけると、セレナさんがワナワナと肩を震わせた。
「こんな極限状態でも、私たちを気遣うなんて……! 無理やり笑顔を作らされているんだわ!」
「違うよ!? 普通にドリアが美味しいねって話をしてただけで……」
「無理しなくていいのよ、アレン!」
エリアリアさんが、バンッとテーブルを叩いて身を乗り出した。
「大和国でも、ひどい目に遭ったんでしょう!? 村人たちに虐げられて、逃げてきたのよね! 全部聞いてきたわ!」
「あ、いや、あれはもう解決したというか、カザネが……」
「喋らなくていいわ! 今すぐ、その忌まわしい鎖(魔物たち)からあなたを解放してあげるから!」
まったく会話が噛み合わない。
僕がおろおろしていると、食事を邪魔されたゴウが、ドリアの皿を置いてむすっとした顔で立ち上がった。
「なんだ、お前ら。アニチャンの知り合いか? でも、アニチャンをいじめる奴は、オデが許さないぞ!」
赤鬼が立ち上がったことで、食堂の中に緊張が走る。
さらに、クオンが「チッ、騒がしい女どもじゃの」と不機嫌そうに尾を揺らし、レンが「ギャウッ!」と威嚇の声を上げ、カザネがシャーッと舌を出した。
ヒロインたちから見れば、完全に『魔物たちが一斉に牙を剥いた』構図である。
「やっぱり……アレンを盾にする気ね、卑劣な魔物ども!」
「アレン様から離れなさい! 私の全財産を叩いてでも、あなたたちを冒険者ギルドのブラックリストに載せますわよ!」
「浄化します……その汚い手で、アレンに触れないで……!」
エリアリアさんがチャキッと愛用の剣を抜き放ち、リティさんが双剣を構え、セレナさんとミランさんが杖を構える。
対するゴウも「オデが相手になる!」と腕まくりをし、クオンの周囲に青白い狐火がぽんぽんと浮かび上がった。
「ち、ちょっと待って! 待って待って!」
僕は慌てて両手を広げ、両者の間に割って入った。
「お店の中で武器を抜かないで! ドリアに埃が入っちゃうでしょ!」
「アレン、どいていなさい! そいつらは私が切り伏せるわ!」
「ダメだってば! ゴウたちは僕の大切な家族なんだから!」
「家族……!? ああっ、もう手遅れなのね! 完全に心が壊されてしまっているわ!」
「壊れてないよ! 至って健康だよ!」
僕の必死の訴えも虚しく、エリアリアさんは悲壮な決意を込めた瞳で剣を構え直した。
「……私たちのアレンを返せッ!!」
「アニチャンはオデたちのモノだ! 渡さないぞ!!」
「だからモノじゃないってば! ああっ、レン、火を吹いちゃダメ! クオンも狐火をしまって! 宿屋のおかみさんがフライパン持って怒ってるから!!」
過保護すぎて暴走気味の元パーティーと、僕に懐きすぎている規格外のモフモフパーティー。
二つのパーティーの愛と思い込みが激突する、大迷惑なすれ違い修羅場が、昼下がりの港町で盛大に幕を開けたのだった。
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