アレンの怒り
「きゃあーーっ! 化け物よー!!」
「鬼だ! 赤鬼が山から下りてきやがった!!」
「逃げろ! 食われるぞ!!」
山を降り、開けた土地にある人間の村へ足を踏み入れた途端、僕たちを出迎えたのは悲鳴とパニックだった。
農作業をしていた村人たちは、クワやカゴを放り出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
「あっ、ちょ、待って! 皆さん、誤解です!」
僕は慌てて前へ進み出て、両手を大きく振って叫んだ。
「僕たちはただの旅の者です! お話を伺いに来ただけです、危害を加える気は一切ありません!!」
しかし、僕の背後には、見上げるほど巨大な赤鬼と、美しいけれど威圧感抜群の九尾の狐(人化せずモフモフのままのクオン)、そして神話級の白き古龍が控えているのだ。説得力は皆無である。
「アレン、無駄じゃ。大和の人間にとって、我ら妖や鬼は恐怖の対象でしかない。……全く、妾たちの高貴な毛並みを見て『化け物』とは失礼な奴らじゃ」
「おで、なんにもしてないのに……」
「キュルゥ……」
クオンが不満げに鼻を鳴らし、ゴウがしょんぼりと肩を落とす。
これでは話を聞くどころではないな、と困り果てていた時だった。
「……あ、あの」
近くの納屋の陰から、震える声が聞こえた。
見ると、農具の陰に隠れて、そっとこちらを窺っている村の青年がいた。腰を抜かして逃げ遅れてしまったらしい。
「大丈夫だよ、怖がらせてごめんね」
僕はできるだけ優しい声で青年に近づき、【限定空間収納】から甘い香りのする焼き菓子を一つ取り出して手渡した。
「美味しいお菓子だよ。僕たちは本当に、ただお話を聞きたいだけなんだ。……村の長のところに、案内してもらえませんか?」
青年はおずおずと菓子を受け取り、僕の笑顔と、後ろで「待て」の姿勢でおとなしくしている規格外の面々を交互に見比べた後、こくりと頷いてくれた。
案内されたのは、村で一番大きな屋敷だった。
縁側に通された僕は、怯えて顔を青ざめさせている白髭の村の長と対面していた。
ゴウたちは屋敷に入りきらないため、庭でクオンと一緒にレンのお腹を枕にしてお昼寝をしている。
「……あの、山の洞穴にいる『真っ白い肌の少女』の姿をした神様について、詳しく教えていただきたいんです」
僕が本題を切り出すと、長はビクリと肩を震わせ、苦々しい顔で顔をしかめた。
「あの忌々しい神のことか……! あやつは、この村に大いなる災いを起こした悪神じゃ。我々はあやつを崇めることをやめ、山の奥深くに封印したのだ」
「災い、ですか? ゴウ……あの赤鬼は、昔は優しい神様だったと言っていましたが」
「フン、鬼の戯言よ!」
長は吐き捨てるように言った。
「あれは十年前のことじゃ。この村は酷い日照りに見舞われ、作物は枯れ、皆が飢え死に寸前であった。そこで我々は、山の神に祈りを捧げ、必死に雨乞いをしたのだ」
「……雨乞い」
「神は雨を降らせた。だが! 降らせすぎたのだ!! 三日三晩続く大雨で川は氾濫し、田畑は濁流に飲まれ、家屋も流された! あやつは慈雨ではなく、水害という『災い』をもたらした悪神じゃ! だから我々は祠を打ち壊し、信仰を捨てて山へ封印したのだ!!」
話を聞き終えた僕の心の中に、静かに、しかし確かな怒りの火が灯った。
……なんだ、それは。
村が日照りで苦しんでいる時、あの神様は、彼らの願いに応えて必死に雨を降らせたのだ。
確かに結果として水害は起きたかもしれない。だが、それは神様が「村を滅ぼしてやろう」と悪意を持ってやったことではないはずだ。
不器用でも、なんとか村を救おうとして全力を出した結果だったのではないか。
それなのに、感謝するどころか「降らせすぎだ」と理不尽に責め立て、祠を壊し、冷たい洞穴の底に一人ぼっちで封じ込めたというのか。
(……そんなの、あんまりじゃないか)
役に立たないからと罵られ、理不尽に追放されたかつての自分と、あの狂ったように笑っていた白い少女の姿が重なる。
僕は机の下で、ギュッと拳を握りしめた。
「……事情は分かりました」
僕は努めて冷静な声を取り繕い、長を真っ直ぐに見据えた。
「僕たちが、その『祟り神』をなんとか鎮めてみせます。もし上手くいったら……彼女には、もう二度とこの村には近づかないように伝えます」
「おお! まことか!? あの忌々しい化け物を討伐し、この村の不安を取り除いてくれるというのなら、多少の報酬は出そう!」
「討伐ではありません。『鎮める』んです。……報酬は結構です」
僕は立ち上がり、冷たく言い放って背を向けた。
こんな身勝手な人たちのために、あの子を傷つけるつもりなんて毛頭ない。
祠を直して、彼女の誤解を解き、元の優しい神様に戻してあげる。
そして、こんな理不尽な村のことは忘れて、もっと彼女を大切にしてくれる新しい居場所へ連れて行ってあげよう。
「よし、行こうみんな」
庭に戻った僕が声をかけると、ゴウがむくっと起き上がり、クオンが欠伸をしながら伸びをした。
「話は終わったかえ? お主、なんだか少し……怒っておるな?」
「うん。少しだけね。……さあ、あの子を迎えに行こう」
祟り神となってしまった不器用で優しい少女を救い出すため、僕たちは村を背にし、再び足早に霊峰へと向かって行動を開始した。
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