笑った赤鬼
テントでのドタバタな朝から、なんとかひっついてくるクオンを引き剥がし、朝食の準備をしようと限定空間収納を開いた時のことだった。
ズシン、ズシンと、地鳴りのような足音が森の奥から近づいてきた。
「……グルルッ!」
「チッ、朝の時間を邪魔する野暮な輩がおるようじゃな」
レンが臨戦態勢に入り、クオンがふさふさの九つの尾を逆立てて青白い狐火を浮かべる。
二柱の規格外の気迫に、森の空気がビリビリと震えた。
茂みをかき分けて現れたのは、見上げるほど巨大な、赤い肌に一本の太いツノを生やした一つ目の巨人だった。
大和国における『鬼』と呼ばれる存在だろうか。その巨体からは底知れない力が感じられるが——。
「おで、腹減った」
巨人はドスンのとその場に座り込み、ぐうううっと雷のような腹の虫を鳴らした。
拍子抜けするほど一つ目の丸い瞳はニコニコと細められており、クオンの凄まじい狐火やレンの威嚇を受けても、全く悪意や敵意を感じさせない。ただ純粋に、空腹を訴える子供のような顔で僕を見つめていた。
「……いや、流石に油断しすぎじゃろ、アレン。大和の鬼は狂暴——」
「はい、どうぞ。お肉たっぷり、特盛りの猪肉シチューだよ。熱いから気をつけてね」
「って、もう餌付けしておるのか!?」
僕の性分というか、職業病のようなもので、目の前でお腹を空かせているニコニコ顔の相手を、見捨てることなんてできない。
【ワン・キューブ】から、かつて大食いの冒険者のために作っていた超特大サイズの鍋をそのまま取り出し、ホカホカのパンと一緒に巨人の前に置いた。
「うおお! おで、これ食う! うまい! 兄ちゃん、いい奴!」
「ふふ、ゆっくり食べてね。おかわりもあるから」
バクバクとシチューを平らげていく巨人の頭を、僕は背伸びをして撫でてやった。
クオンが呆れたようにため息をつき、レンが「僕も撫でて」とすり寄ってくる。
すっかり満腹になった巨人は、「おで、ゴウっていう。お礼に、おでの家に招待する!」と、上機嫌で僕たちを森のさらに奥へと案内してくれた。
「ここ、おでの家」
ゴウが指差した先には、山肌を大きくえぐるように開いた、巨大な洞穴があった。
中からは、ひんやりとした湿った風とともに、かつて大陸の地下で嫌というほど嗅いだ『濃密なマナの淀み』が漂ってくる。鳥居のような朽ちた石柱が入り口に立っており、奥は不気味なほど真っ暗だ。
「ゴウ、ここは……」
「うん。ここはたまに、奥から『悪いやつ』がいっぱい出てくるんだ。おで、いつもここでやっつけてる。兄ちゃんたちにうまい飯もらったから、今日はこの安全な場所で休ませてやる!」
自慢げに胸を張るゴウの言葉と、洞穴の構造、そして一定の周期で魔物が湧き出すという性質。
間違いない。大和国の霊峰の地下にも、アレは存在していたのだ。
「……ダンジョンだ、これ」
本来なら、国を挙げて討伐隊を組むような危険な場所。それをゴウは一人で、文字通り『家の玄関先の虫退治』感覚で抑え込んでいたらしい。
「ふん。妾にとっては庭の散歩のようなものじゃが……アレンよ、どうする気じゃ?」
「キュイ?」
クオンが僕の顔を覗き込み、レンも小首を傾げる。
「ゴウには美味しいご飯を食べてもらったし、せっかくだからゴウの家をもっと住みやすくしてあげたいな。それに、この奥に何があるか少し気になって」
大和国になぜダンジョンがあるのか。神龍様の手がかりもあるかもしれない。
そう考えた僕は、【ワン・キューブ】からランタンや、中規模探索用のサポートアイテムを取り出した。
「ゴウ。もしよかったら、僕たちも一緒に入っていいかな? 奥の『悪いやつ』のお掃除、手伝うよ」
「おお! 兄ちゃんたち、強いのか? 一緒に行く!」
「キュイッ!」
「やれやれ、物好きの主じゃな。妾の尾の汚れは、後でしっかりブラッシングで落としてもらうぞ?」
ニコニコと笑う赤い巨人と、神話の白き古龍、そして大和国を統べる九尾の大妖。
絶対に出会うはずのなかった規格外の存在たちと共に、期せずして結成された臨時パーティー。
僕は全員分の温かいお弁当とサポート道具を背負い、未知なる和風ダンジョンの探検へと足を踏み出すのだった。
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