よわしょぼサポーター
湯の郷での静かで温かい夜から、しばらくの時が流れた。
王都に帰還した僕たちは、これまでの莫大な報酬(と、クラリス様のポケットマネー)を出し合い、王都の一角に大きくて陽当たりの良い一軒家を構えていた。
——澄み渡るような、青空の広がる朝。
「ふぅ……よし。完璧な焼き加減ですね」
朝陽が差し込む広いキッチンで、僕はエプロンを締め、朝食の準備を終えたところだった。
オーブンからはふっくらと焼き上がったパンの香りが漂い、【限定空間収納】でミリ単位の温度管理をした特製の紅茶が、琥珀色の輝きを放っている。
かつての勇者パーティーにいた頃は、毎朝「捨てられないため」に、怯えながら泥水をすするように雑用をこなしていた。
でも今は違う。
このパンを食べて笑顔になってくれる人たちの顔を思い浮かべるだけで、僕の心はぽかぽかと温かくなるのだ。
「……ん、いい匂い。おはよう、アレン」
階段を下りてきたのは、目をこすりながらあくびをするエリアリアさんだった。普段の凛々しい騎士の姿とは違う、無防備な部屋着姿。
「あ、ズルい! リーダー、アレンのおはようのハグは私が一番だって言ったのに!」
「ふふっ、二人とも騒がしいわね。せっかくの朝の静寂が台無しよ」
「神よ、今日も私のアレンが健やかに息をしている奇跡に感謝します」
リティが僕の背中にぽすっと飛びついてきて、セレナさんが優雅に微笑みながら席に着き、ミランが純銀の杖……ではなく、お茶用のスプーンを持ちながら静かに祈りを捧げる。
リビングのソファでは神獣の少女がまだ丸くなって寝息を立てていて、窓辺では雪の精霊がミルクをほどよく冷やしてくれている。玄関からは「皆さん! 最高の特級ジャムを手に入れましたわ!」とクラリス様がやってくる足音が聞こえた。
いつもの、騒がしくて、少し重たくて、どうしようもなく愛おしい朝の風景。
「皆さん、おはようございます。席についてください、今朝は皆さんの大好きな特製オムレツですよ」
僕が人数分のお皿をテーブルに並べると、皆は本当に嬉しそうな、太陽のような笑顔を向けた。
「美味しい! やっぱりアレンの淹れる紅茶とご飯がないと、1日が始まらないわ」
エリアリアさんが、心底幸せそうに目を細める。
「ねえ、アレン」
ふと、彼女が真剣な瞳で僕を見つめた。
「……今、幸せ?」
その問いかけに、僕は言葉に詰まることもなく、自然と笑みをこぼした。
「はい。とっても幸せです」
誰からも見下されていた「無能な雑用係」。
けれど、彼女たちは僕の手を引いてくれた。僕の淹れたお茶を「美味しい」と笑い、僕が整えた武器で戦い、僕という存在を、世界の何よりも大切に扱ってくれた。
戦場を更地に変える圧倒的な力も、国を動かす権力も、僕にはない。
僕にあるのは、空間を少しだけ切り取るスキルと、皆のお世話をするための少しの知識だけ。
けれど——。
「皆さんがいれば、僕はどこへだって行けます。どんな過酷な迷宮でも、最果ての地でも……僕が、最高の居場所を作ってみせますから」
僕の言葉に、彼女たちは一瞬だけ目を丸くし——やがて、春の陽だまりのように柔らかく、美しい笑みを浮かべた。
「ええ。頼りにしているわ、私たちの世界一のサポーター」
朝食を終え、身支度を整えた僕たちは、大きな玄関の扉の前に立っていた。
今日もまた、新しい依頼が待っている。
もしかしたらまた迷宮の壁が粉砕されたり、伝説の魔物が現れたり、ドタバタと騒がしいトラブルに巻き込まれるかもしれない。
でも、もう何も怖くない。
「さあ、行きましょうか! アレン、遅れないでついてきなさいね!」
エリアリアさんが扉を開け放つと、眩しいほどの朝の光が僕たちを包み込んだ。
「はいっ!」
僕は、完璧に手入れされた皆の荷物を背負い、一歩を踏み出す。
『行ってきます』と『おかえりなさい』が交差する、温かな場所。
それこそが、僕の【ワン・キューブ】には絶対に収まりきらない、たったひとつの大きな宝物だ。
「皆さん、足元に気をつけて! お昼には、とびきり美味しいお弁当を開けましょうね!」
振り返って笑いかける彼女たちの背中を追いかけて、僕は今日も、誇りを持って歩き出す。
世界最強で、最高に過保護な、僕の大切な家族を『サポート』するために。
(了)
これまで読んでいただきありがとうございました。このままわちゃわちゃと続けるのも、魔王を倒しにいく勇者ヨシヒコ路線に変更するのも有りかと悩んだのですが、筆力及ばず最終回とさせていただきます。
アイデア先行型の作者なので、これからも通勤時間だったはずの時間を有効利用して色々な小説を書いてみたいと思っています、今後もどうかお読みいただけると幸いです。




