楽しい慰安旅行へGO!
ある日、ギルドに行くと、いつもの貢献のご褒美として、国一番の最高級温泉保養地『湯の郷』のチケットを渡された。
多分ギルドで騒いで施設を壊したりしているので、やんわりとした期間限定出禁だろう。
それでも……
「わぁっ! 温泉なんて久しぶりです! 皆さん、日頃の疲れをしっかり癒やしましょうね!」
「ええ、そうねアレン。二人きりで混浴——」
「「「抜け駆けは許しません(よ/わ)!!」」」
いつものようにバチバチと火花を散らす彼女たちと共に、僕たちは風情ある温泉街へとやってきた。
しかし、案内された超高級旅館の玄関で、僕たちを出迎えたのは女将……ではなく。
「ようこそアレン様! わたくしの温泉宿へ!」
「……え? クラリス様!? なんでここに!?」
最高級のシルクで出来た特注の浴衣を着た大富豪の令嬢・クラリス様が、ドヤ顔で扇子を広げていた。
「偶然ですわ! アレン様がいらっしゃると聞いて、偶然この旅館を『山ごと』買い取ったのです! さあ、わたくしが直々に背中を流して差し上げますわ!」
「偶然のスケールがおかしいでしょ!? ちょっと、アレンに近づかないでよね!」
「ガルルルッ! アレンのおせなかは、ぼくがあらうの!」
到着早々、玄関で勃発する正妻戦争。
僕は「あはは……」と乾いた笑いを浮かべながら、荷物を【限定空間収納】にしまい、一人で逃げるように男湯へと向かった。
——大浴場(男湯)。
湯けむりが立ち込める、広々とした岩風呂。
「ふぅ……最高ですね」
僕はズボンをまくり上げ、お湯に浸かる……のではなく、自作の『特製温泉用ブラシ』と『アルカリ性洗剤』を片手に、岩風呂のタイルの隙間をゴシゴシと全力で磨き始めていた。
「いやぁ、この硫黄成分を含んだお湯、素晴らしいですね。でも成分が強い分、タイルの黒ずみが落ちにくいんですよ。サポーターたるもの、皆さんが入る前に大浴場全体をピカピカにして、水質調査もしておかないと!」
シャカシャカシャカ! と、趣味全開で温泉の清掃と成分分析に没頭する僕。
その時だった。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
突如、男湯と女湯を隔てていた分厚い岩壁が、凄まじい轟音と共に『物理的』に粉砕された。
もうもうと立ち込める湯けむりと瓦礫の山の中から、純銀の杖を構えたミランが、バスタオル一枚の姿でヌッと現れた。
「あら。手が滑って、壁が粉砕されてしまいました。……仕方ありませんね、これでは実質『混浴』です。さあアレン、私の胸に飛び込んできなさい」
「手が滑った威力じゃないですよね!? 壁、跡形もないですよ!」
「泥棒ストーカー!! 抜け駆けはさせないわよ!!」
続いて粉砕された壁の穴から、エリアリアさん、リティ、セレナさん、そして竜娘ちゃんまでが(バスタオル一枚で)一斉になだれ込んできた。
「アレンの背中は私が流すの!」
「アレンくん、背中だけじゃなくて前も洗ってあげるーっ!」
「さあアレン、わたくしが純金製のスポンジで磨き上げて差し上げますわ!」
クラリス様まで、財力で雇った屈強な黒服たちに男湯へ『橋』を架けさせて乱入してくる。
「ヒッ!? み、皆さん! 男湯ですよ! タオル落ちてます、タオル!」
僕がパニックになって顔を覆った、その瞬間だった。
ピキ、ピキキキキッ……!
突如として、熱気で満ちていた大浴場の気温が急激に下がり、湯けむりが『吹雪』へと変わったのだ。
『——ようやく見つけたわ。私のアレンしゃま♡』
「えっ!? この声……!」
天井のガラスが割れ、吹雪と共に舞い降りてきたのは、霊峰『白銀岳』で僕を誘拐しようとした、あの『雪の精霊』だった。
『たまには会いに来てって言ったのに、全然来てくれないんだもの! だから山の霧を伝って、温泉の源泉から直接会いに来ちゃった!』
「源泉から!? だからお湯が急に冷たく……って、精霊さんまで全裸!?」
「「「「あァン!?」」」」
その瞬間、戦乙女たち、ヤンデレ僧侶、貴族令嬢、そして神獣の娘の殺気が、一斉に雪の精霊へと向けられた。
「どこから湧いて出たのよこの泥棒雪女ァァッ!」
『フン、泥棒はどっちよ、人間のメス共があっ!』
「「「「アレン(しゃま/様)は私のよ!!」」」」
ドガァァァァンッ!!
バチバチバチッ!!
ゴォォォォォォッ!!
大浴場が、もはや戦争状態に突入した。
エリアリアの剣風でお湯が真っ二つに割れ、セレナの爆発魔法が露天風呂の岩を吹き飛ばし、竜娘ちゃんのブレスで冷めたお湯が沸騰し、雪の精霊の吹雪でそれが一瞬で凍りつく。そしてミランが凍ったお湯を杖で粉砕し、クラリス様がお札の束でビンタを放つ。
「きゃあああ! アレンくん、お湯が熱い! 助けて!」
「アレン様、吹雪が冷たいですわぁぁっ!」
「アレン、とりあえずキスしましょ!」
「…………」
僕が1時間かけてピカピカに磨き上げたタイルは瓦礫で削られ、完璧な温度とpH値に調整した温泉は、熱湯と氷が混ざった最悪のドロドロ状態になってしまった。
僕の中で、何かがプツンと切れた。
「——いい加減に、しなさァァァァァァァァァァァいッッッ!!!!!」
僕の怒声が、温泉郷の山々にビリビリとこだました。
「ビクゥッ!?」
暴れ回っていた7人が、蛇に睨まれたカエルのように硬直する。
僕は【ワン・キューブ】を発動させた。
スッ……。
「「「「……え?」」」」
一瞬にして、大浴場を満たしていた『お湯(と氷)』が、一滴残らず亜空間へと収納され、風呂底が完全に空っぽになった。
さらに僕は、収納空間の『座標』を彼女たちの頭上に設定し、解放した。
ザバァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
先ほど収納した熱湯と氷水が混ざった混沌の液体が、彼女たちの頭上から滝のように降り注いだ。
「「「「ひゃああああああああっ!?」」」」
「皆さんのせいで、せっかく僕が磨いたタイルが台無しです!! おまけに壁まで壊して! 旅館の人に迷惑がかかるでしょうが!!」
僕は自作の特製デッキブラシを構え、般若のような顔で彼女たちを見下ろした。
「今から1時間、全員でこの大浴場の掃除を命じます!! タイルの黒ずみが消えるまで、夕食はおあずけですからね!!」
「「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ! も、申し訳ありませんでしたぁぁっ!!」」」」
国王すら恐れる大英雄たち、大富豪の令嬢、果ては伝説の神獣や大精霊までが、バスタオル一枚の姿で一列に並び、涙目でゴシゴシと風呂場のタイルを磨くシュールな光景。
「そこ、精霊さん! 凍らせて誤魔化さない! ミランさん、物理で削り取らないで洗剤を使って!」
「「はいぃぃぃぃっ!!」」
僕の厳しい『お世話係の指導』が響き渡る中。
最高級温泉宿でのバカンスは、慰安旅行どころか、ただの過酷な大掃除合宿へと変貌してしまったのだった。
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