引っ越しのお手伝い
——ある日の冒険者ギルド。
「星詠みの戦乙女」の面々が少し席を外している間、僕は受付カウンターで書類の整理を手伝っていた。
「アレン君、いつも本当に助かるわ。……実はね、折り入って君に『個人的な』お願いがあるの」
ベテラン受付嬢のソフィアさんが、周囲を気にするように声を潜めた。
「え? 僕にできることなら何でも」
「ありがとう。私、今度……結婚して、王都から少し離れた街へ引っ越すことになったのよ」
ソフィアさんが頬を染めて言う。
ギルドを支えてくれた彼女の門出。僕は心から祝福した。
「それはおめでとうございます! で、お願いというのは?」
「ええ。引っ越しの荷物は大方業者に頼んだんだけど、大事な割れ物や、人に見せたくない細々とした私物があって……。アレン君の【ワン・キューブ】なら、傷一つつけずに安全に運べるでしょう? 報酬は弾むし、お昼もご馳走するから、明日の非番の日手伝ってくれないかしら?」
「はい! 喜んでお手伝いさせていただきます!」
僕は二つ返事で快諾した。
——しかし、この密談を、ギルドの柱の陰から『地獄の底から響くような怨念』と共に聞いている者たちがいることに、僕は全く気づいていなかった。
「……『明日の非番に』……ですって?」
「『個人的なお願い』……『お昼もご馳走する』……」
柱の陰で、エリアリアとリティがギリギリと奥歯を噛み砕くような音を立てていた。
「どう聞いても……年上のお姉さんからの『デート(という名の逆お持ち帰り)の誘い』じゃないのォォォォッ!!」
「ズルイ! ギルドの職権濫用だ! アレンは私たちのだもん!!」
「フフッ……結婚だなんて嘘に決まっています。引っ越しの手伝いと称してアレンを密室に連れ込み、そのまま既成事実を作って逃亡するつもりに違いありません」
セレナとミランも、すでに目が完全に座り、杖の先端から危険な魔力(と物理攻撃の予兆)を放っている。
「許さない……! 明日は私たちも『非番(という名のストーキング)』よ! もしあの泥棒猫がアレンに指一本でも触れたら、その場でギルドごと物理的に解体するわよ!!」
かくして、アレンの純粋な引っ越し手伝いは、4人のヤバすぎるストーカーたちに監視されることになったのだった。
翌日。
僕はソフィアさんのアパートを訪れ、細々とした荷物を【ワン・キューブ】に収納していた。
「ふぅ、これで全部ですね。ソフィアさん、新居へ出発しましょう」
「ええ、ありがとうアレン君。頼りになるわ」
ソフィアさんが笑顔で僕の肩をポンと叩く。
その瞬間。
バキィッ!!
近くの電柱が、何者かの物理的な握力によってへし折れる嫌な音がした。
「ヒッ!? な、何か今の音……」
「気のせいですよ、行きましょう」
(……気のせいじゃない。絶対にあそこから物凄い殺気が……)
ソフィアさんと並んで王都の街を歩く。
その道中、僕たちは常に不可解な現象に見舞われた。
ソフィアさんが僕に荷物を持ってもらおうと手を伸ばすと、どこからか飛んできた白銀の小石(※エリアリアの指弾)が彼女の手にピンポイントで命中する。
僕がソフィアさんに道案内で近づくと、足元に不可視のワイヤー(※リティの罠)が張られ、強制的に引き離される。
突如として局地的な雷雨(※セレナの魔法)が降り注ぐ。
そして、後ろを振り返るたびに、純銀の杖を持った不気味な黒装束の女(※ミラン)が、電柱の陰から暗く濁った瞳でこちらを見つめているのだ。
「ひぃぃぃっ! な、なんなの今日!? 呪われてるの!?」
ソフィアさんが涙目で怯える。
「……はぁ。もう、いい加減にしてください」
僕はついに立ち止まり、背後の路地裏に向かって大きな声で言った。
「エリアリアさん! リティ! セレナさん! ミランさん! 出てきてください!」
「「「「ビクッ!!」」」」
路地裏のゴミ箱、屋根の上、下水道のマンホールから、泥だらけになった4人が気まずそうに姿を現した。
「ア、アレン……いや、これは違うのよ? 偶然、パトロール中で……」
「そうそう! ゴミ箱の中の魔物を調査してたの!」
誤魔化そうとする彼女たちに、僕はかつてないほど厳しい顔で、ズバッと言い放った。
「全部見えてましたよ! ソフィアさんは、結婚して引っ越しするんです! 僕はその大事な荷物を運ぶ手伝いをしていただけなのに……皆さんがそんな風に妨害して、ソフィアさんに怪我でもしたらどうするつもりだったんですか!?」
「えっ……? け、結婚……? アレンと、じゃないの……?」
「本当に……ただの引っ越しの手伝い……?」
4人はぽかんと口を開け、そしてソフィアさんの手にある『婚約指輪』を見て、ようやく自分たちの早とちり(と暴走)を理解した。
「やだ、アレン君をデートに誘ったと思われてたの!? 私には素敵な婚約者がいるわよ!」
ソフィアさんがクスクスと笑う。
「「「「…………(顔面蒼白)」」」」
4人は一気に顔から火が出るほど赤面し、その場に土下座せんばかりの勢いで平謝りし始めた。
「ご、ごめんなさいソフィアさん!! 私たち、てっきりアレンが盗られるかと……!」
「アレン、ごめんね……怒ってる……よね……?」
上目遣いで僕を見る彼女たち。
僕は大きくため息をつき、いつものようにおっとりとした笑顔に戻った。
「……もう、仕方ない人たちですね。お詫びに、皆さんも引っ越しの手伝い、参加してくださいよ。新居の掃除、手伝ってもらいますからね」
「「「「はいっ!! 喜んで!!(尻尾ブンブン)」」」」
そうして、彼女たちの無駄に高い戦闘スキル(※ミランの物理による不用品の破壊など)を活かした、超絶効率の引っ越し&大掃除へと。
怒られつつも「アレンに頼りにされている」という事実に満更でもないヒロインたちだった。
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