ボア退治
——辺境の村に到着した僕たちを待っていたのは、畑を荒らし、村人たちを怯えさせる凶悪な『装甲ボア』の群れだった。
鉄のように硬い皮膚を持ち、通常の冒険者なら剣を弾かれて苦戦する魔物だが……。
「アレンを悲しませた罪、万死に値するわ! 跡形もなく消えなさい!!」
「豚肉コロッケ! 豚肉コロッケ!」
「フフッ、消し炭にしてあげる」
「アレンの愛を妨げる害獣は圧殺します!!」
僕の「涙目のお願い」によって狂戦士と化した彼女たちの前では、装甲ボアなどただの動く的でしかなかった。
エリアリアさんの剣が装甲ごと両断し、リティの短剣が関節を正確に穿ち、セレナの爆炎が群れを吹き飛ばし、トドメとばかりにミランの純銀の杖がボアの頭蓋骨を粉砕する。
ものの数分。
村を長年苦しめていた装甲ボアの群れは、文字通り『血祭りに上げられ』、ただの良質な豚肉の山へと変わったのだった。
「おおお……! ありがとうございます、冒険者様たち! これが約束の報酬です……っ!」
子どもたちが震える手で差し出してきたのは、ボロボロの麻袋に入った『銅貨10枚と、小ぶりなジャガイモ一袋』だった。
「ええ、確かに受け取っ——」
エリアリアさんがおざなりに受け取ろうとした、その時。
「待ってください」
僕はたまらず前に出た。
ガリガリに痩せ細り、泥だらけの服を着た村の子供たちが、お腹を空かせてこちらを見つめている。こんな粗末なジャガイモまで奪ってしまったら、この村は本当に飢え死にしてしまう。
「この報酬は受け取れません。それより……皆さんに、お腹いっぱい食べてもらいたいんです」
僕は腕まくりをすると、【限定空間収納】から特大の調理器具と、王都で買い込んでおいた最高級の調味料の数々を取り出した。
「装甲ボアのお肉は、硬いけれど煮込めば極上の旨味が出ます。この村のジャガイモも使わせてもらって……今から僕が、皆さんのために料理を作ります!」
僕はすぐさま携帯コンロに火をつけ、解体したボアの肉を特製のタレで煮込み始めた。さらに、ジャガイモを潰して揚げた熱々の『ボア肉入りホクホクコロッケ』や、栄養満点の『ボアの豚汁』を次々と完成させていく。
「さあ、皆さん! たくさん食べてください!」
「うおおおおっ! 肉だ! うめぇ、うめぇよぉぉっ!」
「天使様だ……天使様が来てくださったんだ……っ!」
飢えていた村人たちは涙を流しながら料理にがっつき、子供たちは僕の手を握って満面の笑みを浮かべた。
僕も、その笑顔を見られて心の底から嬉しかった。
……しかし。
そんな僕の究極のお人よしな行動を、少し離れた場所から見ていたパーティーメンバーの表情は、いつものように甘やかすようなものではなかった。
腕を組み、どこか深刻な顔で僕を取り囲む。
「あ、あの……皆さん? コロッケ、冷めちゃいますよ?」
「……アレン」
エリアリアさんが、ため息をつきながら僕の肩に手を置いた。
「あなたのそういう優しいところ、私は大好きよ。でもね……少し、お人よしが過ぎるわ。報酬を受け取らないばかりか、自腹で高級な調味料まで使って、村人全員の炊き出しをするなんて」
「そうだよアレン! アレンはもっと自分を大切にしなきゃダメ! そうやってタダ働きばっかりしてたら、また前の勇者パーティーみたいに、アレンを利用しようとする悪い奴らが寄ってくるかもしれないんだよ!?」
リティが珍しく真剣な顔で怒り、セレナも呆れたように首を振る。
「リティの言う通りよ。私たちが24時間365日、あなたを悪い虫から監視するつもりだけれど……あなたがそんなに隙だらけだと、お姉さんたち心配で夜も眠れないわ」
「ええ、その通りです。アレンの無償の愛は、すべてこの私一人に向けられるべきもの。こんな泥臭い村人たちに与えていいものではありません」
ドサクサに紛れてミランが恐ろしい独占欲を口にしたが、彼女たちの言うことはもっともだった。
(……そうだ。僕が甘い顔を見せたら、皆に迷惑がかかるかもしれない。僕のお人よしで、また皆をトラブルに巻き込んだら……)
自分が「いいこと」をしたつもりが、一番大切な彼女たちを心配させてしまっていた。
その事実に気づいた僕は、激しい自己嫌悪に陥った。
「ごめんなさい……」
僕はシュン……と肩を落とし、うつむいた。
幻覚の犬の耳と尻尾が、ペタンと力なく垂れ下がる。
僕は両手を前でギュッと握り合わせ、上目遣いで、涙声になりながら彼女たちを見上げた。
「僕……皆さんに心配かけちゃって……ごめんなさい。僕、バカだから……また、前のパーティーの時みたいに、捨てられちゃうかもって思ったら……うぅっ……次から、ちゃんと気をつけますから……見捨てないで、ください……っ」
本当に反省した、心からの謝罪。
捨てられた子犬のような、庇護欲を1000%刺激する、うるうるとした涙目の謝罪顔。
……それが、いけなかった。
————ズッッッッッキューーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!
もはや幻聴のレベルを超えた、凄まじい物理的な衝撃波(矢が突き刺さる音)が、辺境の村に響き渡った。
「「「「…………ッッッッ!!!!!(吐血)」」」」
小言を言っていたはずの4人の顔面が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に沸騰した。
心配からくるお説教モードなど、一秒で宇宙の彼方へ消し飛んだ。
「あ、あああアレンッ!! 違うの、違うのよ! 捨てるわけないじゃない!! ごめんね、怖い顔してごめんねぇぇぇっ!!」
エリアリアさんが涙を吹き出しながら、僕を強引に胸の鎧(の隙間の柔らかい部分)に抱き寄せ、頭をガシガシと撫で回す。
「うわあああんアレン! 私が悪かった! アレンは何も悪くない! 好きなだけコロッケ作っていいからぁぁっ!」
リティが僕の腰にコアラのようにしがみついて大号泣する。
「……ッ(鼻血を拭う)。ダメよ……こんな顔を見せられたら、もう……私が一生囲って養うしかないじゃない……っ」
セレナが変なスイッチを入れて荒い息を吐きながら迫ってくる。
「ああ、なんて可哀想な私のアレン!! 怯える顔も最高にゾクゾクします! さあ、私特製の首輪をつけて、今すぐ安心できる地下室へ!!」
ミランが純銀の杖を放り捨て、怪しい革製のアイテムを取り出して突撃してくる。
「えっ!? ちょっ、皆さん!? 苦しっ、息が……っ! ミランさんそれ首輪ですよね!? 絶対つけませんよ!?」
村人たちが美味しそうにボア肉のシチューをすする平和な光景の横で。
完全に理性が狂い、過保護とヤンデレのリミッターがぶっ壊れた4人のヒロインによる、情け容赦のない『アレン慰め(という名の愛撫と束縛)合戦』が、夜更けまで延々と続くのだった。
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