バブみ
——ある日のこと。
僕たちはギルドからの指名依頼で、新たに発見された古代遺跡の調査に訪れていた。
「ふぅ。この宝箱、ずいぶんとホコリを被っていますね。皆さんが開ける前に、僕が綺麗に拭いておきます」
いつも通り、僕は【限定空間収納】から特製のダスターを取り出し、部屋の中央に鎮座していた怪しげな宝箱を磨き始めた。
……それが、すべての間違いだった。
カチッ。
「あっ」
嫌な音がした直後。宝箱の裏に仕掛けられていたトラップが作動し、プシューッ! と怪しげなピンク色の煙が噴き出した。
「ゲホッ、ゴホッ! し、しまった、毒ガス……!?」
「アレン!? 危ない!!」
エリアリアさんたちが駆け寄ってくるが、僕は煙をモロに吸い込んでしまい、その場で意識を失ってしまった。
「……ん……うぅ……」
どれくらい経っただろうか。
目を覚ますと、視界がやけに低い。それに、着ている服がブカブカになっていて、手足がすっぽりと隠れてしまっていた。
「アレン! 気がついた!?」
「よかったぁ……心配したんだから!」
顔を上げると、見知らぬ(ように見える)4人の綺麗なお姉さんたちが、僕を覗き込んでいた。
その凄まじい迫力と、自分の身体の異変に、僕はパニックになった。
「ひぐっ……う、えぐっ……」
「アレン……? どうしたの、どこか痛むの?」
「うわああああんっ! おねえちゃんたち、だぁれぇ……!? ぼく、おうちにかえるぅぅぅっ!!」
僕はブカブカの服の袖で顔を覆い、5歳児特有の高い声で大号泣した。
「「「「…………え?」」」」
4人は信じられないものを見るように目を丸くし、そして僕の全身を上から下までジッと見つめた。
身長は半分以下。手足はぷにぷに。涙で潤んだ、くりくりの大きな瞳。
トラップの正体は、対象の肉体と記憶を退行させる『幼児化の呪い』だったのだ。
————ズドドドドドッッッッッキューーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!
これまでで最大出力。迷宮の天井が崩落しそうなほどの幻聴(矢が突き刺さる音)が響き渡った。
「「「「…………ッッッッ!!!!!(限界突破)」」」」
理性の糸が、ブチィッ! と音を立てて千切れる音がした。
「あ……ああ、あああああアレンが……ちっちゃい! 可愛い! ちっちゃくて可愛い!!」
エリアリアさんが剣を放り捨て、顔面を真っ赤にしながら僕をガバッと抱きしめた。
「よーしよしよし! 怖くないわよ〜! お姉ちゃんが、いや、ママが! 何から何まで全部守ってあげるからねぇぇっ!」
「ズルイ! リーダーだけ抱っこズルイ! アレンくん、私だよ〜! リティお姉ちゃんだよ〜! ほら、たかいたかーい!」
リティが僕をひょいっと持ち上げ、頬ずりをしてくる。
「ひゃああっ! こ、こわいっ、おろしてぇ!」
「あらあら、泣き顔も最高にそそるわね……ふふっ。アレン坊や、そんな野猿たちは放っておいて、優しいセレナお姉さんの柔らかいお胸でミルクを飲みましょうね♡」
セレナが妖艶な笑みを浮かべ、ローブの胸元をはだけさせながら迫り来る。
「ち、ちがうっ! ぼく、ミルクのまないもん! 5さいだもん!」
必死に抵抗する僕(5歳)。
そこに、純銀の杖を静かに地面に置いたヤンデレ僧侶・ミランが、暗く淀んだ、けれど歓喜に満ちた瞳で歩み寄ってきた。
「……神よ、感謝します」
ミランは祈るように両手を組んだ。
「知識も、反抗する力もすべて失われ、純粋無垢な弱者となったアレン。誰かの庇護がなければ、一日たりとも生きていけない完全なる赤子状態……素晴らしい。これこそ、私が求めていた究極の姿です!」
ミランはどこから取り出したのか、幼児用の小さな革製ハーネスをシャラン、と鳴らした。
「さあアレン。もう無理をしてサポーターとして働く必要はありません。一生この姿のまま、私という『絶対的な母』の鎖に繋がれて、ただ愛されながら生きていきなさい……ッ!!」
「いやぁぁぁぁっ! なんだこのこわいおねえちゃん!!」
本能的な危機感を察知した僕(5歳)は、ミランから全速力で逃げ出した。
「逃がしませんよ私のアレン!! さあ、まずは全身の隅々まで洗って差し上げます! お風呂の時間です!」
「ドサクサに何言ってんのよ! アレンをお風呂に入れるのはこの私よ!」
「バカ言わないで! アレンの柔肌を洗うのは私の役目よ!」
「ちびっ子アレンの混浴権は絶対に譲らないわ!」
ドガァァァァァンッ!!
僕をお風呂に入れる(という名目で全身を堪能する)権利を巡って、4人の母性とヤンデレが激突。
古代遺跡の中で、地形が変わるほどの凄まじい魔法と物理兵器(杖)の応酬が始まった。
「うわああああんっ! けんかしちゃダメぇぇぇっ!!」
僕(5歳)が泣き叫ぶと、4人はピタッと動きを止めた。
「あっ、ご、ごめんねアレン! 怖かったわよね! ほら、痛いの痛いの飛んでけー!」
「泣かないでアレン! お姉ちゃんが歌うたってあげるから!」
先ほどの殺し合いが嘘のように、四人がかりで徹底的に甘やかされ、撫で回され、抱きしめられる。
僕(5歳)は、恐ろしい魔法使いや剣士のお姉ちゃんたちにビクビクしながらも、なぜか「僕がしっかりしなきゃ……」という本来の気質が顔を出し始めていた。
「ぼ、ぼく、いいこにするから……おねえちゃんたち、お洋服よごれてる。ぼくが、拭いてあげる……」
僕はポッケに入っていた小さなハンカチを取り出し、背伸びをしてエリアリアさんたちの鎧やローブの汚れを一生懸命に拭き始めた。
「…………ッッ!!(尊死)」
「うぅっ……5歳になっても、お世話係の魂が染み付いているなんて……なんて健気なの……っ!」
「ダメよアレン……そんな可愛いことされたら、私、もう理性が……っ!」
僕(5歳)の無自覚なお世話行動が、さらに彼女たちの愛の炎に油を注ぐことになり、その夜のキャンプは、誰が僕と一つの寝袋に入るかで再び血で血を洗う大乱闘(※アレンが寝た後で静かに無音で行われた)に発展したのだった。
——翌朝。
小鳥のさえずりと共に目を覚ました僕は、大きく伸びをした。
「……んんっ。よく寝たぁ……」
視界の高さも、ブカブカだった服のサイズも、すっかり元通りになっている。
どうやら『幼児化の呪い』は、一晩眠れば自然に解ける時限式のトラップだったようだ。
「あれ……? なんで僕、こんなにギューギューに抱きしめられてるんだ……?」
ふと気づくと、僕の右腕にはエリアリアさんが、左腕にはリティが、背中にはセレナさんが、そして足元からはミランさんが、まるで貴重な宝物を守るように僕の全身に絡みついてスヤスヤと眠っていた。
昨夜の記憶が、徐々に蘇ってくる。
「ママって呼んで!」「一緒にお風呂入ろうねぇ」「一生このまま飼い殺してあげます」という、彼女たちの常軌を逸した狂気の甘やかしの記憶が。
「……っ!!」
僕は一気に顔から火が出るほど恥ずかしくなり、真っ青になった。
「ん……あら、アレン? おはよう……」
目をこすりながら起きてきたエリアリアさんが、僕の顔を見て、そして僕の身体が「大人(元のサイズ)」に戻っていることに気づいた。
「「「「あ」」」」
全員が一斉に目を覚まし、僕の姿を確認する。
そして、昨日までの歓喜の表情から一転——この世の終わりのような、底知れぬ絶望の表情を浮かべた。
「アレンが……元の大きさに戻っちゃった……」
「私ちっちゃいアレンに、まだご飯アーンしてないのにぃぃっ……!」
「ああ、私の可愛い可愛いペットが……神よ、なぜ彼を成長させてしまったのですか……」
ミランに至っては、幼児用のハーネスを握りしめながら血の涙を流している。
そして4人は、スッと立ち上がり、恐ろしいほど真剣な顔で顔を見合わせた。
「……ねえ、皆」
「ええ。分かってるわ」
「……もう一度、あの宝箱のトラップを起動させにいきましょう。何度でも」
「呪いを固定化する方法を探りましょうね」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!? やめてください! 僕はずっとこのままのサイズでいいです! 雑用係としてしっかり働きますからぁぁっ!!」
元の身体に戻ったにも関わらず、貞操(と尊厳)の危機はさらに跳ね上がっていた。
泣き叫びながら遺跡の出口へと全力ダッシュする僕と、それを「待ちなさいアレン坊やぁぁっ♡」と血走った目で追いかけてくる四人のヒロインたち。
呪いが解けても、僕の苦労人ライフは全く休まる気配がないのであった。




