新技、庇護欲刺激アタック(こうか:ちょうバフがかかる)
暗黒魔道士ザルディスという巨悪の存在が(物理的に粉砕されて)明らかになったものの、だからといって僕たち冒険者が明日から遊んで暮らせるわけではない。
家賃を払い、日々の食費を稼ぎ、ポーションの備蓄を補充するためには、ギルドからの依頼をこなして日銭を稼ぐ必要があるのだ。
「……で? なんで今飛ぶ鳥を落とす勢いの私たちが、こんな辺境の村の依頼を受けなきゃいけないわけ?」
王都の冒険者ギルド。
リーダーのエリアリアさんが、カウンターに置かれた一枚の依頼書を指差して眉をひそめていた。
「いや、その……お前たち『星詠みの戦乙女』なら、確実に村を救ってくれると見込んでだな……」
ギルドの受付が冷や汗を流しながら答える。
依頼の内容は、王都から遠く離れた辺境の農村を荒らし回る『装甲ボア(鉄のように硬い皮膚を持つ巨大な猪)』の群れの退治だった。
問題なのは、その難易度と報酬のバランスだ。
「装甲ボアの群れって、討伐難易度で言えばかなり高いわよ? なのに報酬が『銅貨10枚と、村で採れたジャガイモ一袋』って……。交通費やポーション代を入れたら、完全な大赤字じゃない!」
「そうだよ! そんな割に合わない仕事するくらいなら、私はアレンと一緒に宿屋でずーっとゴロゴロお昼寝していたいもん!」
リティもぷくーっと頬を膨らませて抗議する。
「ええ、無駄な労働は美肌の敵よ。そんな村、適当なCランクパーティーにでも押し付けておきなさいな」
「フン、面倒ですね。いっそその村ごと、私が物理的に更地にして憂いを断ち切ってあげましょうか?」
セレナが呆れ返り、ミランに至っては僧侶らしからぬサイコパスな解決策を提示し始める。
「「「「というわけで、この依頼は却下!」」」」
彼女たちが受付に依頼書を突き返そうとした、その時だった。
「あ、あの……皆さん……っ」
僕が、恐る恐るエリアリアさんのマントの裾を引っ張った。
「……ん? どうしたの、アレン?」
「その依頼書……よく見ると、大人の字じゃなくて、子供のたどたどしい字で書かれています。きっと、村の大人たちは怪我をしていて、子供が必死に握りしめていた銅貨とジャガイモを差し出して、助けを求めているんじゃ……」
そこまで想像しただけで、僕の胸はギュッと締め付けられた。
「そんなの、放っておけません……。赤字の分は、僕がこれからの食費を極限まで節約してカバーしますから。それに、ジャガイモがあれば、皆さんに美味しいポタージュスープとコロッケを作れます……っ!」
僕は無意識のうちに、両手で依頼書を胸に抱きしめ、潤んだ上目遣いで4人の顔を見つめていた。
「お願いです。僕と一緒に……この村を、助けに行ってくれませんか……?」
ホロリ、と。僕の目から、村の子供を憂う涙が一滴こぼれ落ちた。
————ズッキューーーーーーーーーンッ!!!!
その瞬間。
ギルドの静寂を切り裂くような、幻聴の『矢が突き刺さる音』が響き渡った。
「「「「…………ッッ!!!」」」」
エリアリアさんは心臓を押さえて膝から崩れ落ちた。
リティは顔を真っ赤にして鼻血を吹き出した。
セレナは「尊い……」と呟きながら天を仰ぎ。
ミランは「ああ神よ、この天使を今すぐ私だけの地下室へ……」と十字を切りながら昇天しかけている。
僕の無自覚な『お人よし涙目(ド直球の庇護欲刺激アタック)』が、4人の過保護ヒロインたちの急所に、防御力完全無視のクリティカルヒットを叩き込んだのだ。
「アレンが……! 私のアレンが涙を流している……ッ!!」
エリアリアさんが血走った目でガバッと立ち上がり、受付の胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出した。
「この依頼、私たちが受けるわ!! 赤字!? 知るかそんなもん!! アレンを悲しませる装甲ボアとかいう害獣は、私が責任を持ってこの世から一匹残らず駆逐してやる!!」
「アレンのコロッケ! 絶対食べる! 豚肉コロッケにしてやるー!」
「まったく、世話の焼ける男の子ね。でも……そういう優しさに、お姉さんは弱いのよ」
「さあ行きましょうアレン! 慈愛の心(物理)で、村を救うのです!」
先ほどまでの断固拒否の姿勢はどこへやら。
彼女たちは「アレンの願いを叶えるため」という一点のみで、狂戦士のように士気を爆発させ、一も二もなく辺境の村へと出撃していったのだった。
「ふぅ……皆さん、馬車の揺れは大丈夫ですか?」
「ええ、アレン。とっても快適よ〜」
辺境の村へと向かう、長旅の馬車の中。
普通ならお尻が痛くなり、体力と精神力をゴリゴリ削られる過酷な移動だが……僕たち『星詠みの戦乙女』の馬車は、もはや王族の馬車すら凌駕する快適空間と化していた。
「椅子の下に【ワン・キューブ】から取り出したスライムゼリーのクッションを敷き詰めてあるので、衝撃はほとんど吸収されます。あ、少し冷えてきましたね。温かいミルクティーをどうぞ」
僕は完璧なタイミングで、収納スキル内で保温しておいたティーポットから、香り高いミルクティーを4つのカップに注ぎ分けた。
「んん〜っ……最高。アレンがいれば、世界中どこを旅しても高級ホテル気分ね……」
セレナがとろけた表情でカップを受け取る。
「リティさん、脚がむくんでいませんか? よければ僕が少し揉みましょうか?」
「ほんと!? やったー! アレンにマッサージしてもらうー!」
リティが喜んで僕の膝に脚を投げ出し、僕が丁寧にふくらはぎを揉みほぐすと「へにゃぁ〜」とだらしない声を出してクッションに沈み込んでいく。
「ズ、ズルイわリティ! アレン、私も剣の素振りで腕が張っていて……」
「はいはい、順番ですよエリアリアさん」
過酷な討伐依頼に向かっているはずなのに、馬車の中は完全に『極上のスパ・リゾート』だった。
僕の【ワン・キューブ】というたった1立方メートルしかない収納スキルは、荷物の入れ替えと温度管理を極限まで計算し尽くすことで、『最高のおもてなし空間』を構築する究極のサポートスキルへと進化していたのだ。
「……ふふっ」
そんな和やかな空気の中、僕の背後からミランがススス……と忍び寄ってきた。
「アレンは本当に素晴らしいサポーターです。このまま馬車を誰も知らない地の果てまで走らせて、一生私だけにお茶を淹れる生活を——」
「させないわよ泥棒ストーカー!!」
エリアリアさんが反射的にミランの顔面にクッションを叩きつけ、馬車の中でいつものドタバタ乱闘が始まる。
「あはは……馬車の中では暴れないでくださいね。お茶がこぼれちゃいますから」
僕は苦笑いしながら、暴れる彼女たちをなだめるためにお茶請けのクッキーを取り出した。
前衛で戦う力もなければ、攻撃魔法も使えない。
でも、僕の淹れたお茶で皆が笑顔になり、100%の力を出せるのなら、僕はどんな辺境の依頼だって喜んでついていく。
(待っていてくださいね、村の子供たち。僕のパーティーが、絶対になんとかしてくれますから!)
無自覚ジゴロな雑用係による至れり尽くせりの『極上のポーターのもてなし』を受け、心身ともに限界突破のフルバフ状態となったヒロインたち。
辺境の村で暴れ回る装甲ボアの群れが、彼女たちの『アレンを悲しませた罪』に対する理不尽なまでの怒り(物理・魔法)によって文字通り全滅させられるまで、あと数時間のことである。
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